8月8日、東南アジア諸国連合(ASEAN)は創設50周年を迎えた。フィリピンの首都マニラでは、5日から8日までASEAN外相会議と一連の関連会合が開かれ、最終日には、外相会議の閉会式とともに50周年記念式典が開催された。

式典には、ASEAN10か国の外相に加え、議長国フィリピンのドゥテルテ大統領、関連会合に招待された河野太郎外相らが参加し、盛大に幕を閉じた。

しかし、式典には、米国のティラーソン国務長官の姿はなかった。ティラーソン国務長官は、次の訪問国であるタイに向かった。6日夜のASEAN外相との夕食会にも出席しなかったという。

トランプ政権の東南アジア外交

トランプ政権は発足してすでに8か月が経過しているが、いまだ政権の東南アジアに対する政策ははっきり示されていない。

4月にはペンス副大統領がインドネシアを訪問し、5月にはティラーソン国務長官がASEANの外相を米国に招いて会議を主催した。今回、ティラーソン国務長官は、フィリピン、タイ、マレーシアを訪問。政府高官の往来は実現している。また、トランプ大統領はドゥテルテ大統領と電話会談を行い、訪米したベトナムのフック首相と会談している。

しかし、いずれの訪問と会談においても主要な議題になったのは北朝鮮だった。トランプ大統領のアジアにおける関心事項は中国との通商と北朝鮮の核・ミサイル開発であり、東南アジアはその外にあるようにみえる。

しかも、トランプ政権は、熾烈な内部での政治闘争もあって、国務省、国防総省など重要官庁の幹部人事が進展していない。アジア外交を展開する上で要となる東アジア太平洋担当国務次官補も決まっていない。ティラーソン国務長官は、職業外交官との信頼関係を構築できず、孤立しているという見方もある。

こうした状況において、トランプ政権は、東南アジアに向けたメッセージを表明することができていない。ティラーソン国務長官やマティス国防長官が同盟国を重視するメッセージを送っても、政権の顔である大統領の存在感がなければ影響力は限定される。

米国が地域へのコミットメントをはっきりと示すことができない中で、中国はその影響力を高めている。中国は、保護主義に傾く米国に代わる新たなグローバル化の担い手となることをアピールし、巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げ、東南アジアでインフラ投資を推進している。

かつて中国に対して最も強硬な立場をとり、オランダ・ハーグの仲裁裁判所に南シナ海の領有権問題を提訴したフィリピンも、ドゥテルテ大統領が就任すると親中路線がとられるようになった。ほぼ全面勝利だった判決を棚上げにして、中国との二国間交渉を進めている。

トランプ大統領は、11月には、APEC首脳会議出席のためベトナム、東アジアサミット出席のためフィリピンを訪問する。米国の関与が明確になるのはこのときまで待たざるを得ないだろう。

創設50周年を迎えたASEANは、トランプ政権と中国に対峙し、揺れ動いているように見える。米国と日本の政府関係者やアジア専門家にとっては憂慮すべき状況といえる。

しかし、それは、ASEANが国際社会において一定の存在感を持つキープレイヤーに成長したことの裏返しでもある。

ASEANは、1967年に発足して以来、ゆっくりとした足取りではあるが、着実にその求心力を高めてきた。ASEAN各国はいずれも小国であるが、一つにまとまれば人口6億人、名目GDP2.5兆ドルの巨大な経済圏となる。いずれの国も単独で軍事面で中国に対抗することはできないが、一つにまとまってメッセージを発出すれば、中国もこれを無視することはできない。米国も、アジア戦略を展開する上でのパートナーとしての価値を見出している。

「ASEAN Way」の光と影

東南アジアは、経済規模、経済発展のレベルから、政治体制、宗教や言語に至るまで千差万別の地域であり、ASEANが発足した当初、その協力の前途には懐疑の目が向けられた。数年で瓦解するだろうと予想した人も少なくなかったという。

しかし、むしろその多様性を強みにしながら、力強く発展を続け、世界経済の主要なプレイヤーに成長した。さらに、保護主義的な風潮が高まる世界において、グローバル化を牽引する役割を担うに至っている。

ASEANが50年にわたり発展を続けることができた大きな理由は、コンセンサスに基づく決定と内政不干渉主義(=ASEAN Way)を貫いてきたことである。ASEANの緩やかな連帯は、利害関係が一致する限りで結束し、域外国とも協働しながら、統一したメッセージを発出する場を提供することを可能にした。

ASEANの首脳と外相は、毎年議長国で集まることを定例化しているが、このとき、中国を念頭に置いて、南シナ海領有権問題について平和的解決を求める声明を発出することが恒例となっている。この機会にASEANは日中韓の他、米国、カナダ、インド、豪州、ニュージーランド、ロシア、EUという域外国を招待し、ASEAN+3、東アジアサミット、ASEAN地域フォーラム(ARF)といった多国間の対話の枠組みを提供している。ARFのメンバーには北朝鮮も含まれ、今回の関連会合でも北朝鮮問題が主題となった。

このようにASEANは、アジア太平洋地域の共通課題を関係国が話し合うプラットフォームを提供することを通じ、地域の平和と安定に貢献している。ASEAN自身も、その役割を自認し、近年、アジア太平洋地域の多国間協力枠組みを推進すべく、自らの「中心性」を高める、と強調するようになった。

また、2015年末にASEAN共同体を発足させるなど、域内の経済統合を大きく進展させたが、同時に「開かれた地域協力」を掲げ、域外の国々とも貿易と投資の自由化を進めた。日本、中国、インド、豪州・ニュージーランドそれぞれと自由貿易協定を締結し、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に向けた交渉を進めている。

米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱し、欧州では英国の離脱はじめEUに対する逆風が強まるなど、世界的に保護主義の高まりが懸念される中で、ASEANは域内と域外の両面において積極的にグローバル化を牽引している。

しかし、その一方で、コンセンサスと内政不干渉に基づく緩やかな連帯は、実効的で具体的な解決策を打ち出せないという限界を意味する。環境保護、ロヒンギャなどの人権問題、テロ対策など国境を越えた問題に対しては実効的な措置を打ち出しているとはいえない。

南シナ海問題では、領有権の問題を抱えず、中国と緊密な関係を築いているカンボジア、ラオスと中国への対抗を喫緊の課題とするベトナム、フィリピンらとの間で不一致が生じている。本来「盟主」として主導権を発揮することが期待されるインドネシアに積極性がみられないという指摘もある。

進化を続けるASEAN

一方、最近の動きを見れば、「ASEAN Way」にも少しずつ変化が起こりつつあるように見える。

経済統合は、モノの貿易の自由化、それも関税の撤廃が先行しており、非関税障壁の撤廃や、サービスなど他の分野での自由化はまだ途上にあるが、それでも既得権層の抵抗を抑えて関税撤廃を達成したことは大きな成果といえる。

ベトナムは、かつては70%にも上った自動車関税を2018年までにゼロにすることを約束した。タイとインドネシアという自動車大国との激しい競争にさらされることを覚悟の上での決断である。ASEANのモメンタムがあってこそできた自由化だろう。

政治面でも、ミャンマーのロヒンギャの人権問題に対しては、マレーシアが中心になって、ASEANの積極的な関与が検討されている。アウンサン・スーチー外相は、今回の外相会議に欠席したが、その背景にはロヒンギャ問題に対するASEANの圧力があったともいわれる。

緩やかゆえに実効性のある措置をとれないと言われたASEANも、50年の歴史を歩んだ末、ゆっくりではあるが、着実にその力を発揮するようになっている。「ASEAN Way」とともに「中心性」が新たなキーワードとして強調されるのもその表れであろう。

ASEANは、各国の自主性を重んじ、経済面での協力を先行させることで、EUとは異なる発展の道を拓き、今日の発展を築いてきた。創設50年を迎えた今、経済の発展と統合のみならず、政治・安全保障面における一層の貢献が求められるようになっているが、それは、この地域協力の枠組みが成功し、さらに高い期待を寄せられることになったことを示している。

東南アジアは、日本企業にとっては、生産拠点ないし消費市場として、また日本政府にとっては、グローバル化を推進し、地域の安定を導く上で信頼のおけるパートナーとして、欠かせない地域である。いずれの国においても親日感情は極めて高く、日本の期待には必ず応えてくれるという安心感がある。米国が内向き志向を強め、アジアにおけるプレゼンスの低下が懸念される中、日本には、より一層ASEANに積極的に関与していくことが望まれる。

石井 順也