なぜ僕が食の歴史にこれほど興味を持つようになったかというと、ニースの伝統料理に出会ってちょっとした疑問を持ったことがきっかけです。

少し前までは、地元の食材を使って料理をすることをシェフの価値と考えていました。より新しい料理をつくり、クリエイティブに仕事をするべく、地元の生産者を訪問して食材を探しをしたり、ニースで伝承されてきた昔のレシピを見てインスピレーションを探したり……。そんな時、ある一つのレシピを見て、この問いに思い当たりました。

「地中海には泳いでいない鱈がなぜニースの伝統料理なのか?」

以下がその料理、「ストックフィッシュ」のレシピです。前回の記事でも少し説明をしましたが、このレシピから、ニースが様々な国に支配され、帰属してたかがわかります。

【Stockfish|ストックフィッシュ】
・50g de tripettes de stockfisch ── 干し鱈の胃袋 50g
・2 oignons blancs éminces ── 新玉ねぎ 2個
・3 poivrons rouges ── 赤パプリカ 3個
・2 poivrons jaunes ── 黄パプリカ 2個
・8 tomates bien mûres ── 熟したトマト 8個
・1 gousse dail haché ── 刻んだニンニク 1個
・1 branche de thym ── タイム 1枚
・1/2 feuille de laurier ── ローリエ 1/2枚
・12 olives noires de Nice ── 黒オリーブ 12個
・4 perugine(saucisses niçoise pimentees) ── サラミ 4
・1 cuil à soupe de vinaigre de xérès ── シェリー酒酢 小さじ1
・fleure de sel ── 塩の花
・huile dolive pour cuisson ── オリーブオイル
・1l de fond blanc de volaille ── チキンブイヨン 1リットル
・piment dEspelette en poudre ── エスプレット唐辛子

どういう料理かというと、干し鱈の煮込み料理です。玉ねぎ、トマト、パプリカ、ニンニクなどの野菜とハーブと鱈の煮込みで、昔はよく食べられていたけど、最近は匂いがキツいということもあって、家庭で作られることはほとんどなくなりました。

干し鱈が戻すのに1週間近くかかるということもあり、地元の人にこの料理の話を聞くと「昔はトイレのタンクの中に1週間おいていたから、トイレに行くたびにあの香りをかいたもんだ」と、おかしなお話を教えてくれます。実際この料理をニースの昔ながらのお店で食べることがあるのですが、まー、かなりの癖があります。好きになれるかというと……時間がかかります(笑)。初めての方はお勧めできないです。

え
干し鱈を水に戻すとこんな状態に。

ただ、クセを上手に活かすように自分で作ってみると、これが非常に美味しいんです。干し鱈の持っているうま味成分は本当に素晴らしく、またそれに絡む野菜の香りとサラミの味がなんとも言えない複雑味になってくれる。とてもコクがあり、繊細で、うちの人気メニューの一つでもあります。

こうして地域に馴染んでいるこの料理ですが、ではなぜ、「地中海には泳いでいない鱈が、伝統料理なのか」です。

ニースの歴史、地中海の歴史を勉強をしていると、干し鱈や塩鱈などは、地中海交易による北欧からの輸出品として、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリア、地中海エリアにたくさん存在する事がわかりました。どうやって伝わったかと言うと、これが面白くて、バイキングなんです。 

バイキング(ノルマン人)は航海技術が長けていて、北欧からはるばる地中海まで移動。交易したり、地中海の君主や有力貴族の傭兵として仕えたりしながら、地中海エリアに建国、定住化してきています。ご存知の通り、初代シチリア王もバイキング。だからなのか、シチリアには目が青い人が多いような気がします。

そしてその結果、スペインもフランスもイタリアも、鱈が泳いでいない地中海に面しているのに伝統料理として鱈料理があり、毎週金曜日には宗教の一環として魚料理を食べる伝統「魚の日」が根付いています。

レシピは「人が生きるために考えたノウハウ」

こうして伝統レシピを紐解いていくと、非常に面白いのです。今食べているものを通して、生産者や料理人のこだわりとはまた違う、ルーツやアイデンティという側面に触れることができる。

ヨーロッパに長く住み、いろんな地方を観光し訪問し、さまざまな伝統的な料理を食べてきて僕が思うのは、レシピとは「人が生きるために考えたノウハウ」だということ。レシピに込められた過去からのメッセージには、土地の歴史や気候風土などたくさんのことが詰められています。

そこで重要なのが、そのメッセージに気付けるかどうかです。美味しいものが好きだから、美食家だからと言って、表面的な料理の味や香りの官能的な部分を感じるのではなく、どうやって作られたのか? どうして生まれたのか? などのオリジンの部分に触れてみる。さらに言えば、その食事を人と分かち合いながら味わうことで、そのメッセージを未来に対して実らせていくこと、文化を育んでいくことが重要ではないかと思います。そのためにも、食事での会話は欠かせません。

何気なく食べているものも、視点を変えて見ると、土地の歴史や気候風土などを勉強でき、食欲という煩悩に対する喜びだけではない、教養を得ることができます。料理とは理を計るとも言いますが、いろんな理を学べるのでは? と思っています。

松嶋 啓介