13日に肺腺がんのため81歳で死去した女優、野際陽子さん。3年前に肺がんが見つかって以降、入退院を繰り返しながらの闘病生活ながら、最後まで女優であり続けた壮絶な人生だった。今でこそ“お母さん”女優のイメージだが、「キイハンター」でのミニスカートなどセクシー女優の先駆け的な存在。私生活でも千葉真一(78)との結婚と離婚などで話題を振りまいてきた。

 13日、長女で女優の真瀬樹里(42)や親族に看取られて亡くなった野際さん。2014年に肺がんが見つかったが早期発見で治療は成功。しかし翌年再発し、摘出手術を受けた。以降、抗がん剤治療を続けていたが、先月8日に肺炎を併発して再入院していた。

 現在放送中のテレビ朝日系「やすらぎの郷」でもメーンキャストのひとりとして出演中だったが、撮影時も体調がすぐれないこともしばしば。それでも周囲に気遣わせることなく、撮影に臨んでいた。3月に行われた制作発表は欠席していた。共演の石坂浩二(75)は「一日も早く元気になられてお目にかかれると思っていましたが、とても残念で今は何も言葉になりません」とコメントした。

 野際さんは立教大学を卒業後、1958年にNHKにアナウンサーとして入局。62年に退職し女優に転身した。

 パリで語学留学後、帰国した際には、羽田空港にミニスカートで登場し、日本でのミニ第1号と言われたことも。その後、「キイハンター」に出演し、セクシーなアクションを披露し人気に。

 この番組での共演がきっかけで73年に俳優、千葉真一と結婚。当時東映の宣伝マンだった福永邦昭氏は「二人っきりでギリシャ・エーゲ海行きの船上結婚式を行い、『週刊明星』に独占取材させた。さらに発売日に合わせて、カラー写真入りの『結婚報告状』を全メディアに送った」と舞台裏を夕刊フジに明かしている。

 さらに94年の離婚では、野際さんが「離婚を渋る千葉に離婚届にサインをさせて」と千葉と親しい福永氏を頼ってきたという。福永氏は「離婚届の証人欄に印鑑を押したうえで、芸能レポーターの鬼沢慶一さんと話し合い、ホテルでの離婚会見の予行演習をした」とも明かす。

 その千葉だが、真瀬から野際さんの死を聞いた際、ショックのあまり、言葉を失った。そして「俺は直接見るまで信じない」と語ったという。スポーツニッポンの取材に「今はそっとしてあげたい」とも語っている。関係者によると、千葉は悲しみのあまり、うちひしがれ、密葬にも参列しなかったという。