なぜ、お葬式をするのか。しなくてはいけないものなのか。右肩上がりの経済成長の時代には数百万円をかけた盛大な葬儀が一般的とされていたが、近年はかつて「密葬」と呼ばれた「家族葬」が中心となり、10万円を切る略式破格プランも登場。いま「常識」と思われてきた葬儀の形式、意味が問われ始めている。折しも「コロナ騒動」の渦中、新たな試みに取り組む葬儀社や僧侶に会いに行った

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ゆうパックで遺骨を受けとり永代供養するサービスも

「生半可なお坊さんに祈ってもらっても意味がない」

と語るのは、埼玉県熊谷市の曹洞宗寺院、見性院の橋本英樹住職だ。通夜を欠いた「1日葬」が増えるばかりか、火葬場の炉前での数分の読経依頼など略式化が進み、一層お坊さんの存在が希薄化しているように思えてならない。昨今の様相をどのように捉えているのか尋ねたところの答えだった。

「お葬式は、人生の卒業式。その人が生きた証を労うとともに遺族の再出発を誓うためのものです。本来、仏教は人生哲学であり、僧侶が葬儀に関わらなければいけない必然性はないというのが私の考えです」

何のために行うかはわからぬままに高額の金を費やす葬儀やお布施への疑問に対して、こういう意味があると納得させる努力がなかったことが寺院の衰退をもたらしたと橋本さんはいう。早晩、世間体を気にしない空気が増せば「お坊さんのいない葬儀」が珍しくもない時代になるだろうとも。

住職に会うのは拙著『お弔いの現場人─ルポ 葬儀とその周辺を見にいく』(小社刊)の取材で会って以来3年ぶりだ。橋本さんは、父親が住職だった古刹を引き継ぐや、「お布施」の明朗化や、寺院の基盤となる「檀家制度」を廃止し広く信徒を募る方式にするなど次々と改革を行い、その型破りさからメディアにもたびたび取り上げられてきた。最も議論を巻き起こしたのが、7年前に始めた「ゆうパック」で遺骨を受け取り永代供養する「送骨サービス」だ。

「独居死」などで行き場のない遺骨を引き受けるようになったのがきっかけだった。骨壺から出し土に還す共同納骨で、山門傍の「永代供養塔」の下に納める。料金は1霊骨3万円。梱包キット料を合わせても3万3000円。もちろん宗派などは問わない。

「訳ありの方に限らず、近年永代供養の希望が増えてきたのは、墓じまいをするという人が多いからですね」

その供養塔、訪れるたび供えられている生花が絶えることがない。