青木さやかさんの連載「48歳、おんな、今日のところは『……』として」――。青木さんが、48歳の今だからこそ綴れるエッセイは、母との関係についてふれた「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」、初めてがんに罹患していたことを明かしたエッセイ「突然のがん告知。1人で受け止めた私が、入院前に片づけた6つのこと」が話題になりました。今回、「1人で受けたがん手術」について、赤裸々に語ります。

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前回●突然のがん告知。1人で受け止めた私が、入院前に片づけた6つのこと

颯爽と戸田恵子さんが現れた

2017年8月、人間ドックで見つけていただいた早期の肺線がんの手術をすることになり、わたしは1人で車を運転し、東大病院に向かった。

持ち物は、歯磨きセットと下着、数冊の本と、パニック症の薬くらいであった。あとは病院の売店で購入し、パジャマは病院で借りることにした。片手で軽々と持てる荷物しか入っていないかばん一つ。入退院は1人だし、帰りに弱っていても、これくらいの重さのかばんなら持てるだろう。

入院先の病院のことは、会社と近い友人と元旦那さんと保険会社の方にだけ伝えていた。

まだ暑い夏の夕方だった。

夕陽に向かって駐車場に入って行き、車を停めると

「青木ちゃーん!」

と聞き馴染みのある声がした。振り向くと黒いワゴンの窓から戸田恵子さんが手を振っていた。

「え、戸田さん?どうしたんですか?」
「これ! 使って」
「え、わざわざ来てくださったんですか」
「腰痛くなるから使って!青木ちゃん!」

戸田さんはクルマから颯爽と降りて、トランクから某有名高級マットレスを取り出した。約束もせず現れて夕陽をバックに立ち、挨拶もせず本題に入る戸田恵子は正義の味方みたいで、「この人はアンパンマンを長年やってきて本人もアンパンマンに近くなってきたのかなぁ」と思った。

わたしはアンパンマンから有り難くマットレスをお借りした。(帰り持って帰るのは大変だぞこれは! と頭に浮かんでくる気持ちを何度も消しながら)有り難くお借りした。