歌舞伎役者十七代目中村勘三郎の長女として生まれた波乃久里子さん。母は六代目尾上菊五郎の娘、弟は十八代目勘三郎という役者ファミリーに育った。劇団新派の舞台を中心に活躍を続け、芸歴70年を迎えた今、出演作品とその秘話を語り尽くす。十八代勘三郎の評伝を上梓し、波乃さんの舞台も長年観てきたエッセイストの関容子さんが聞いた。2020年8月に行ったインタビューを再配信します。(撮影=岡本隆史)

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川口松太郎先生から「新派に来ないか」と

──4歳で、父・十七代目中村勘三郎さんの『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』の女小姓で初舞台でした。

波乃 あれは父が私を舞台に出したくて、それまでは男の小姓だったのを、女小姓にしたらしいんです。とにかく父は私を愛してくれていましたから、自分には合わない役でも、私が出られる演目を選んでしまうんです。

名古屋山三とか白井権八とかの芝居には、禿(かむろ)が出ますでしょ。『廓文章(くるわぶんしょう)』の「吉田家」に禿で出たときは、中村歌右衛門のおじちゃまの夕霧がそれは綺麗で、今におじちゃまのお嫁さんになる、って言ってました。(笑)

──女の子が歌舞伎に出られるギリギリの年齢まで出ておられましたね。『筆屋幸兵衛(ふでやこうべえ)』の盲目のお雪とか、『文七元結(ぶんしちもっとい)』の孝行娘お久とか。

波乃 『筆屋幸兵衛』を作家の川口松太郎先生が観にいらして、「あれは勘三郎の娘かい? このまま歌舞伎にいたら15で終わっちゃうじゃないか。新派に来ないか」って。私、役者の娘なのにそのころ「新派」って知らなかった。だから今の人たちが知らないのは当然です。

でも私、初代の水谷八重子先生だけは知っていました。母と観に行って、天女みたいに美しい人、と思って、当時は演劇雑誌に載っていた水谷先生の写真を夢中で集めてた。裏にパパの顔があろうと切り抜いて(笑)、スクラップブックに貼っていましたね。