女優として活躍しながら、歌手、声優としても才能を発揮する上白石萌音さんが、初のエッセイ集を上梓。37歳で文壇デビューを果たした作家の原田ひ香さんと、大好きな本について語り合いました。後編は2人の人生のターニングポイントから――(構成=平林理恵 撮影=大河内禎)

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<前編よりつづく>

人生のターニングポイント

原田 私は小説家デビューが37歳。それまでは北海道で主婦をしていて、何か挑戦したいなと思い、ドラマのシナリオを一篇書いたらそれがシナリオ大賞の最終選考に残ったんです。その後ラジオドラマの賞もいただいて、もうその時にね、「自分、才能あるのかも」と勘違いしちゃったんです(笑)。次は連ドラかしらって。

でもそんなことはまったくなくて、プロット書きなどずうっと下働きが続いて。ある時、何か違う、と思って小説のほうへ舵を切ったんですが、あのシナリオ書きの経験には意味があったと思っています。

上白石 小説へと方向転換したきっかけは何だったんですか。

原田 シナリオがうまくいかない時に、保坂和志さんの『カンバセイション・ピース』という、ひたすら会話が続く、テレビドラマ的ではないけれども素敵な小説を読んで、「私はこういうものが書きたかったんだ」と気づいたんです。それで、当時NHKとTBSとフジテレビで少しずつ仕事をいただいていたんですが、「辞めます」って。

上白石 わあ、『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』で女の子が潔く会社を辞める姿がとてもかっこよかったのですが、同じことなさったんですね。

原田 やりたいことがはっきりわかっちゃったので。萌音さんにとっての大きな決断は?

上白石 今思えばターニングポイントは、父の仕事の関係で住んでいたメキシコから、11歳で帰国したことです。メキシコで3年を過ごし、さらにあと1年いるかどうかを相談していた時、「帰りたい」と両親に伝えました。理由のひとつは、鹿児島で習っていたバレエの発表会の映像を見て、「ここにいたらみんなから遅れちゃう」と思ったこと。理由のわからない胸騒ぎもありました。

そして帰国した翌年、妹(萌歌さん)と2人で「東宝シンデレラ」オーディションに応募し、私が審査員特別賞、妹がグランプリを受賞。そこから人生が変わりました。