親が病気で働けない、子の面倒をみない、暴力をふるう、貧困から抜け出せない──そうした家庭で育った子どもたちが自立を志しても、さまざまな壁が立ちふさがる。貧困家庭で育った自らの体験を綴った記事が大きな反響を呼んだ26歳の気鋭の文筆家・ヒオカさんがいま伝えたい、現代の貧困と課題とは。(取材・文◎ヒオカ)

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生活の安定は夢のまた夢

私は、中国地方の片田舎にある県営団地で育った。父は私が生まれた後に精神疾患を発症し、アルバイトや障害者のための作業所を転々としては、時折無職になっていた。父の失業中は困窮を極め、家じゅうの小銭を集めて、食事がわりの駄菓子を買いに行った記憶がある。

でも、団地に住む子どもたちもみな、同じような生活環境にあった。新品を買う余裕はないため、いつもよれて色褪せた服を着て、ランドセルはお下がりで真っ白に色が剝げ、ぺちゃんこに潰れたのを使っていた。

中学3年生の時の担任に、市内で一番の進学校の受験を勧められ、私はそこに進学。中学まで一緒だった貧困家庭の子どもたちは、定時制や商業高校などに進んだ。それは「高校を卒業したら働くから」「大学なんてどうせ行けないのに、勉強する意味がわからない」と彼らが言っていたように、貧困環境において《学習》の優先順位は極めて低くなる傾向にあるからだ。

だから進学校に入学すると、周囲のバックグラウンドが変わった。大卒で、公務員や会社員など、安定した仕事に就く親を持つ子ばかり。彼らが大学に行くのは当たり前、という意識でいることにとても驚いた。

親戚が中卒の人ばかりだったため、昭和時代には大学はなかったとすら思っていた私も、そういう環境に身を置くうちに、大学には行くもの、という考えに変わった。しかし、勉強机もなく、怒鳴り散らす父がいる家は勉強できる環境ではない。それならばと、高校の近くの市立図書館で猛勉強をスタートし、閉館後は薄暗い市民ホールに22時まで残って勉強していた。