高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、93歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

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前回〈父は認知機能検査をパスし「運転しないのだから、免許証を持っていても構わないだろう?」と言った。車を失った父のもとに、アレクサがやってきた〉はこちら

運転免許証を手放せなかった父

昨年12月、93歳の父が、自宅の車庫入れに失敗する自損事故を起こした。車庫は壊れて使用できなくなり、車は修理ができないほど大きく損傷し、廃車にすることになった。

父の足だった車がなくなり、運転する機会はもうないはずだ。人身事故を起こさずに運転をやめる結果となって良かったと、私も家族も安堵した。

思い起こせば、父の運転をやめさせなければと強く思ったのは、2019年春のことだった。その当時父は90歳。夕食後に一緒にテレビを見ていると、衝撃的なニュースが飛び込んできた。東京の池袋で高齢者が運転する車が暴走し、母子が亡くなる人身事故が起きたという。

「パパ、こんなことになったら取り返しがつかないよ。もう運転をやめて」

父は素直に相槌を打った。

「そうだな。人を轢いたら大変だよな」

私は、父が80歳を超えた頃から、まだ運転していることに危機感を持っていた。今なら父は、免許証返納を決意するかもしれないと期待して、普段より強い口調で言った。

「人の人生を奪うことになったら、お詫びのしようがないでしょ。免許証返納してよ」

「俺は人を轢くような下手な運転はしない。これまで事故を起こしたことはない」

私はかっとして声を荒らげた。

「何言っているの! 自分の問題として考えられないのは、年寄りの証拠。パパは思考が変になっているんだよ!」

このような不毛な言い合いを何度したか、とても数えきれない。しかし、予想外の自損事故により父の乗る車がなくなったため、とりあえず、父が人身事故を起こすのではないかという不安からは解放された。