江戸末期に水戸天狗党が尊皇攘夷を唱えて京を目指す途中、福井県大野市木本で一晩を過ごし、総大将武田耕雲斎がお礼として庄屋に贈ったとされる巨大な日本地図「武田耕雲斎遺留日本地図」が2日、地元で披露された。

 茨城県や大野市のバイク愛好者が水戸天狗党の足跡をたどるツーリング企画が同日あり、集落に立ち寄った際に参加者や住民に公開された。

 地図は2枚組で京を目指す一行が頼りにしたとされ、和紙に顔料で山や川、地名が描かれている。1枚は関東、中部、近畿地方が中心で縦2・75メートル、横3・67メートル、もう1枚は中国、四国、九州の縦4・09メートル、横3・05メートル。当時の庄屋で耕雲斎ら幹部が宿泊したとされる杉本家に受け継がれ、市の文化財に指定されている。

 木本集落センターの床に広げられ、ツーリング参加者や住民らが見入った。地元の前田光雄さん(66)が「先に進む上で貴重な地図を置いていった。この時点で、もうあかんと思ったのかもしれない」と語った。

 ツーリングには大野市の石塚義徳さん(65)と福井市の石倉勇次郎さん(68)、県外から茨城県在住の長谷川衛孝さん(67)ら関東圏の2人が参加。茨城県(水戸)から行軍した天狗党のルートの途中、岐阜県大垣市をスーパーカブで出発し走破を目指した。

 バイクの機械トラブルに遭いながらも池田や今庄を通り、計約12時間をかけ耕雲斎ら353人が眠る敦賀市の墓所に到着した。

 長谷川さんは「現代人がまねできないような命をいとわない懸命さがあり、改めて偉大だと思った」と話し、志なかばで命を落とした志士に思いをはせていた。