ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 2022年8月24日,日本を代表する経営者,稲盛和夫氏が亡くなりました。京セラや,KDDIの元となるDDI(第二電電)を創業するとともに,2010年には政府の要請により会長として日本航空(JAL)の経営再建にも取り組まれました。また,経営者の学びの場として「盛和塾」を立ち上げられ,長年その塾長として経営者の育成に尽力されてきました。
 
 その稲盛氏の経営には2つの特徴があるように思います。1つは「人の心」を扱ってきたということ。もう1つは「会計」」を駆使したことでしょう。特に後者は「アメーバ経営」や「アメーバ会計」という言葉でご存じの方もおられるでしょうが,「会計」を通じて誰から見ても透明な嘘偽りのない数字で経営を行うという,言われてみれば当たり前だけれども簡単にはできないことを体現されてきました。まさに氏が言う「公明正大な経営」がそこにはありました。


 
 実は本書はこの書評シリーズでももっと早く取り上げるべき1冊として挙げていました。しかし,会計研究者の端くれが軽々に論じられるような本ではないと考え,なかなか取り上げることができませんでした。文庫で200頁弱。発刊から四半世紀近く経過しますが,今でもこの本に書かれていることは経営に携わる方であれば必読書とも言えるもので,「会計がわからんで経営ができるか」「値決めは経営」というフレーズは常に授業で学生に対しても伝えているメッセージです。
 
 また,この本には端的に稲盛氏の経営哲学が詰め込まれています。「管理会計」という予算や目標,損益分岐点分析といった会社内部での情報共有に用いられる会計領域について興味関心を持つ人であれば,誰しもがこの本に書かれていることを読んで首を大きく縦に振るでしょう。ただ,多くの経営者のバイブルとも言えるこの本を取り上げ,その文間を読み取って評することができるほど,私には力量がないと感じています。それほどまでにこの本の奥は深い。今回の書評を執筆するにあたり,改めて読み直してみましたが,何回読んでも勉強になります。
 
 本書は,2部構成ですが,大きく分けると3領域から構成されています。1つめは「私の会計学の思想」と題した序章です。ここには「稲盛会計学」とも評される経営・会計のあり方がどのようにして生まれてきたのか,その考え方の基礎となる部分です。2つめは,第1部「経営のための会計学」として,7つの「実践基本原則」とその内容が詳細に語られていきます。3つめは,第2部「経営のための会計学の実践」として,稲盛氏が塾長を務められた盛和塾での経営問答について記されています。今回の書評では,稲盛会計学の基礎となる序章「私の会計学の思想」について述べていきます。
 
 稲盛氏は大学を卒業して京都の中小企業で勤務していたところ,独立して現在の京セラを創業されました。「一つでも判断を間違えれば会社はすぐに傾いてしまう」(p.22)ので,「世間で言う筋の通る,人間として正しいことにもとづいて経営していこうと決めた」(p.22)そうです。それは会計についても同じで,会計的にはそのような数字になると言われても,納得できるまで説明を求めたと言います。そして,経営実践の中で創り上げられた基本的な考え方が「本質追求の原則」と氏が呼ぶものでした。それは次のような内容から構成されています。
 

「本質追求の原則」

 まず,「原理原則に則って物事の本質を追求して,人間として何が正しいかで判断する」です。経営においては「何事においても,物事の本質にまでさかのぼろうとはせず,ただ常識とされていることにそのまま従えば,自分の責任で考えて判断する必要はなくなる」(p.27)と指摘し,現代においても通じるようなことを述べるとともに,会計についても制度がどうだ,基準がどうだということを鵜呑みにすることなく,なぜそのようにするのか,考えるのかを理解しようと務めるべきだと述べています。
 

「常識に支配されない判断基準」

 次に,「常識に支配されない判断基準」です。「本来限定的にしかあてはまらない『常識』を,まるでつねに成立すると勘違いして鵜呑みにしてしまうこと」(p.34)が問題だとし,「本質を見極め正しい判断を積み重ねていくことが,絶えず変化する経営環境の中では必要」(p.34)なのだと述べておられます。
 
 このように,稲盛氏の経営哲学の根本には「いかにジブンゴトとしてコトに当たるか」,「モノゴトの本質を追求する姿勢」が貫かれていることがわかります。そこには甘えも,エクスキューズもない,企業活動を真摯に捉えた氏の考え方が見て取れます。
 

「売上を最大に,経費を最小に」

 続いて「私の会計学と経営」では,経営における重要な原則と会計との関連性について述べています。ここで述べられていることは,ゼミの主要な活動である学園祭の模擬店を擬似会社組織として活動して経営や会計を学ぶプログラム『創業体験プログラム』において学生たちに常に伝えていることでもあります。
 
 まず,「売上を最大に,経費を最小に」(p.35)です。これを読まれて「当たり前ではないか」と思われる方もいらっしゃるでしょうが,稲盛氏が言われてきたことは極めてシンプルです。しかし,これを行うには「智恵と創意工夫と努力が必要」(p.36)であると言います。そして,これが重要なのですが「利益とはその結果生まれるものでしかない」(p.36)とまで言い切ります。
 

「値決めは経営」

 次に,「値決めは経営」(p.36)です。事業において売上を伸ばす要因は,製品・サービスあたりの価格(値段)と販売個数の増加です。特に前者について稲盛氏は「経営の死命を決する問題」(p.36)として捉え,「経営において値決めは最終的に経営者自らが行わなければならないほど重要な仕事」(p.38)だと述べています。そして,こうした考え方が,京セラにおける在庫評価や採算管理システムのあり方といった会計の基礎的な考え方に影響しているとされています。
 

「夜なきうどん経営」

 続いて「夜なきうどん経営」です。これは屋台のうどん屋を自分が出す時に,どれだけの経費をかけて売上をあげるのか。これを考えるように,自分にとっての利益と顧客にとっての満足をバランスさせる価格の設定の重要性を述べています。
 

「会計がわからなければ真の経営者になれない」

 最後に「会計がわからなければ真の経営者になれない」です。稲盛氏は経営を飛行機の操縦に例えるとするならば,会計データは経営のコクピットにある計器盤相当するものだと述べています。もしパイロットがこれを読めなければ飛行機の操縦ができないように,経営者が会計がわからないというのは由々しき事態であると。そして,次のようなことを述べられます。
 
 「中小企業が健全に成長していくためには,経営の状態を一目瞭然に示し,かつ,経営者の意志を徹底できる会計システムを構築しなくてはならない。」(p.41)
 
 私は自著『経営管理システムをデザインする』を執筆するに当たり,さまざまな中小企業経営者に話を聞いてきました。そこでは,自ら主導する事業において,会社存続のために求められる利益の追求と,組織成員(従業員や管理職など)の「物心両面の幸福を追求する」経営者の姿を見てきました。いかなる経営状況においても組織成員とその家族の生活を守りながら,社会的に意義のある事業を継続する。そのためには,経営者の意志を貫徹する経営管理の仕組みを通じて組織成員の合意と納得を引き出すことが求められる。
 
 著書執筆時はこの本でこのように書かれていることに対してほとんど意識していませんでしたが,こうして改めて読み返した時にこの言葉は心に刺さるとともに,私もこの本から大きな影響を受けているのだということを思い知ることになりました。
 
 今振り返ってみれば,大学教員になりたての頃,読み漁っていたのはドラッカーと稲盛和夫氏の著書でした。学術的な「理論」とは異なり,そこには人々の営みをつぶさに観察し、思考することで得られた企業や会計というものに対するブレない考え方のようなものを見ていました。特に稲盛氏は『生き方』や『考え方』といった生きる指針となるような著書をも記されています。思い通りにいかないことばかりで悩み,苦しんでいた時期に,少しでも経営者がどのようなことを考え日々に向き合っているのかを知りたくて読み漁った記憶があります。そこには一生懸命働く,感謝の心を忘れない,正しい行いをする,素直な反省心で自分を律する,心を磨いて人格を高め続けることといった「当たり前」のことが記されています。
 
 近年,ミッション,ビジョン,バリューといった言葉を耳にする機会が多くあります。会社経営はその設立の想い,理念に立ち返るべきだと。しかし,これはある種「当たり前」で,日本人は元々そうした考え方を会社経営に対して持ち合わせていたのでしょう。しかし,「当たり前のことを続ける」ことが一番難しいことは誰もが知っていること。それを貫ける意志を持ち続けてきたことが稲盛氏を稀代の天才経営者にしたと言えるのかもしれません。600円程度でこんな学びが得られる本はそれほど多くは無いでしょう。経営者のみならず,会社組織に関わるあらゆる方にお読み頂きたい一冊です。
 
 最後に,改めて稲盛和夫氏のご冥福をお祈りします。

著者:飛田 努 (福岡大学商学部 准教授)