母からは「けがのデパート」と呼ばれ…入団5年目に一念発起して“肉体改造”

 通算228盗塁を記録した元巨人の鈴木尚広さんが38歳まで現役を続けられたのは、けがへの向き合い方を変えたのも大きな要因だった。骨折や肉離れを繰り返し、母親からは「けがのデパート」と言われたこともあった。技術を上げるために必要なのは練習だけではないと気付いてから、1軍で活躍する道が開けた。

 プロ1年目に3度も骨折し、「骨折くん」のあだ名がつけられた。度重なる故障に、母親からは「けがのデパート」と言われた。元巨人・鈴木尚広さんのプロ野球人生はけがを抜きには語れない。

「繰り返しけがをするまでは、たくさん練習すればうまくなると思っていました」。

 福島県の相馬高校から1996年ドラフト4位で巨人に入団した鈴木さんは、1軍デビューするまでに5年間も2軍暮らしが続いた。スピードはトップレベル。2軍の試合に出場すれば、結果は残す。ただ、シーズンを通してプレーできない。理由は、度重なるけがだった。

 自らを「エリートとは程遠い」と評する鈴木さんは、プロで生き残るため自分を追い込んで練習した。だが、ケアを怠り鍛え続ければ、筋肉は悲鳴を上げる。鈴木さんは、その声を気に留めなかった。結果、肉離れや腰痛を発症し、毎年のように戦線離脱した。

 けがをすれば試合どころか、練習も満足にできない。鈴木さんはプロ5年目の2001年に個人トレーナーと契約した。当時は2軍の選手。決して多くはない年俸の半分をかけて、肉体改造に取り組んだ。「けがには原因があります。自分の体と向き合い、けがをしないで体を鍛える方法を考えました」。

生活習慣も改善、睡眠を8時間確保するため逆算して行動した

 けがを防ぐためにインナーマッスルを強化し、これまで無頓着だった体のケアにも注力した。この年、イースタン・リーグ2位の27盗塁をマーク。プロ入り後初めて、故障せずに1年間シーズンを戦った。

 鈴木さんは体をケアする大切さを実感し、より効果のあるトレーニングや生活スタイルを追求した。けがを予防し、パフォーマンスアップを上げるストレッチは特に重視し、時間をかけた。トレーナーに任せきりにせず、グラウンドを離れた生活習慣にもこだわった。

 体力の回復に睡眠時間は不可欠。「睡眠時間を大事にしない人が多いが、睡眠を削るのはストイックではなく疲労を翌日に持ち越しているだけ」と8時間を確保した。

 24時間のうち8時間を睡眠に充て、逆算して食事や風呂の時間を決めた。バランスの取れた食事は体づくりのためだけではなく、栄養を取らないと質の良い睡眠にならないためでもある。風呂で大切なのは湯船に浸かること。シャワーを浴びるだけでは、筋肉を緩めてほぐす効果がないという。何気ない日常生活が、けがの予防や技術の向上につながった。

 鈴木さんは現役引退後、睡眠や食事、ストレッチなどの大切さを子どもたちに伝えている。習慣にできるかどうかが、中・長期的な差となって表れるが「まずは1つだけでいいので、できることから続けることが大切。成功体験が、2つ目の習慣、3つ目の習慣へとつながります」と訴えた。

 けがによってプロ野球生活を終える選手は少なくない。避けられないけがはあるが、自分の体との向き合い方が選手生命を左右する。38歳まで走り続けた鈴木さんが証明している。(記事提供:First-Pitch編集部)