新潟・明訓高で甲子園に出場、阪長友仁さんが提案した高校野球のリーグ戦

 当たり前のように受け入れている少年野球や高校野球の在り方に、変化は必要ないのか――。人気漫画「ドカベン」のモデルにもなった高校の出身で、夏の甲子園では本塁打も放った阪長友仁さんが提案した高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」が、全国に広がっている。その理念は、「勝利至上主義」からの脱却だ。

「高校野球=甲子園」という考え方が近い将来、変わるかもしれない。2015年に大阪の6校で始まった「Liga Agresiva」は今、13都府県の約80校まで拡大している。リーグを主導するNPO法人「BBフューチャー」で理事長を務める阪長さんは、一発勝負のトーナメント制が常識の高校野球に一石を投じた。

「日本の中高生は他の国と比べて、圧倒的に経験が少ないと感じていました。日本の野球を否定するのではなくて、より良くするためにリーグ戦も必要だと思っています」

 40歳を迎えた阪長さんは、アマチュア球界のど真ん中を歩んできた。「ドカベン」のモデル校としても知られる新潟・明訓高で夏の甲子園に出場。進学した立教大では、野球部の主将を務めた。強豪でしのぎを削り、勝利を目指してきた競技人生。違う視点で見るようになったのは、24歳で野球への恩返しを決め、務めていた会社を辞めてからだった。

「動ける時に何かをやらないと後悔する気がしました。でも、急にはやりたことを具体的に思いつきませんでした。野球は世界ではマイナー競技なので、野球が盛んではない地域に行って、おもしろさを伝えることが何らかのアクションなのではないかと思いました」

 知人との縁で南アジアのスリランカへ向かい、ボランティアで野球のコーチを務めた。練習初日。早速、常識が覆された。日本では当然の自己紹介より先に、子どもたちは「野球を教えてほしい」と駆け寄ってきたのだ。

ドミニカ共和国で気付いた多数のメジャーリーガーを輩出する理由

「大学まで野球をやって技術を身に付けたと思っていましたが、基本的に受け身だったと感じました。上手くなろうと自ら練習する、人を見つけて学びに行く姿勢を忘れていたと気付かされました。野球を教えるのではなく、自分が学ぶ立場だと思いました」

 それから約8年間、海外を渡り歩いた阪長さん。現在の考え方に至る大きな転機となったのは、カリブ海のドミニカ共和国で目にした光景だった。人口は日本の10分の1以下ながら、世界最高峰のメジャーリーグで活躍する選手が数多く育っている。日本の高校野球との最大の違いは、公式戦の数だった。

 ドミニカ共和国では、3か月間で全てのチームがリーグ戦で72試合を消化。阪長さんは「プロやメジャーが全てではありませんが、大事なのは個々の選手が最大限に能力を伸ばすことです。試合数の少ないトーナメントでは、能力を上げる場が圧倒的に少ないと痛感しました」と振り返る。

 野球という競技がトーナメントに向かない理由も見出す。「プロでも優勝するチームの勝率は高くないし、最下位の勝率と差は大きくありません」他のプロスポーツを見ても、優勝チームの勝率は高い。一方で野球は、今季のセ・パ両リーグのように勝率5割台で優勝するケースも。「プロでも3勝2敗のペースが難しいと考えると、アマチュアでトーナメントにするのはメリットが少ないのではないか。選手にとってベストではないのではないかと思いました」と語る。その上で、リーグ戦のメリットを、こう続ける。

「打撃も投球も守備も、試合の中での成功や失敗を経験値として積み重ねることが大切です。ミスが多いスポーツなので、課題を改善して実力を上げていくには、多くの打席や投球イニングが必要。リーグ戦には、選手も指導者も多くの経験を積める機会があります」

 阪長さんの考えに賛同する高校は年々増加。春と夏の甲子園を目指しながら、秋は「Liga Agresiva」に取り組んでいる。高校野球の常識を変えていく必要性を感じ、教育的な効果を実感している指導者もいるという。ある高校は1勝3敗から5連勝し、6勝3敗に。指導者と選手が一緒になって課題を修正した結果だった。敗戦や失敗から学ぶ姿勢や、あきらめずに形勢逆転した経験は、野球以外にも生きてくる。

 負けたら終わり。追い込まれた局面で得られる強さも、もちろんある。ただ、勝利至上主義に陥りがちな今の高校野球は、子どもたちの可能性を奪っていないのかという疑問ももたげる。日本では珍しい“高校リーグ戦”という形が、新しい風を吹き込んでいる。(間淳 / Jun Aida)