ドラフト直後に高く評価されていたのはロッテ、ソフトバンク、中日、日本ハムだったが…

 今季も数多くのルーキーたちがプロの世界に飛び込んできた。ただ、ルーキーたちは誰しもが入団して即、活躍するわけではない。身体作りを経て、数年後にようやく花開く選手たちも多くいる。ドラフトの真の成果は、ある程度の年数が経ってから分かるものだ。

 では、かつてのドラフト会議は一体どうだったのか? 当時のドラフト直後の評価を振り返り、現在、その選手たちがどうなったのか、検証してみよう。

 今から9年前の2011年に行われたドラフトを見てみよう。この年の注目は東洋大の藤岡貴裕、東海大の菅野智之、明大の野村祐輔と「大学ビッグ3」が注目を集め、高校生では東海大甲府の高橋周平が目玉とされていた。

 この年は藤岡に3球団、高橋周平に3球団、巨人の単独指名が予想されていた菅野には日本ハムも入札して2球団が競合した。野村は広島が一本釣りに成功。藤岡はロッテ、高橋は中日、菅野は日本ハムが交渉権を獲得したが、巨人入りを希望していた菅野は入団を拒否し1年の“浪人”を決断した。

 2011年のドラフト後に総じて評価が高かったのはロッテ、ソフトバンク、中日、日本ハム。ロッテは競合の末に藤岡を指名し、ソフトバンクは高卒の武田翔太を単独指名した。中日も高橋の獲得に成功。日本ハムは菅野の交渉権を手にしたが、結果的には入団には漕ぎ着けられなかった。

 では、2011年のドラフトから9年が経った今、この時のドラフトはどういった成果を見せているだろうか。そして、ドラフト直後の評価と通じているだろうか。

 評価が高かった4球団を順番に見ていこう。3球団が競合した藤岡を手にしたロッテ。即戦力左腕はいきなり4月で3勝をマークしたが、そこからは伸び悩み、2018年に日本ハム、2019年途中には巨人へとトレードとなった。2位の中後悠平も在籍時は結果を残せなかったが、3位の鈴木大地(今季から楽天)、4位の益田直也がチームの中心に成長している。

低評価だった横浜とヤクルトは9年後も成果は厳しいか…

 菅野に入団を拒否された日本ハムだが、2位で松本剛、4位で近藤健介、6位で上沢直之と後の中心選手が加入している。菅野が加入すればなお良しだっただろうが、それでも十分な成果を上げている。

 中日は高橋がようやくブレークを果たし、田島も近年は成績を落としているが、2017年には34セーブをマークするなどリリーフとして活躍。ソフトバンクは武田が1年目にいきなり8勝、2015年と2016年に2年連続2桁勝利。5位の嘉弥真新也も左キラーとして欠かせぬ存在となっている。

 オリックスは1位で安達了一、3位で佐藤達也、4位で海田智行を指名。チームの正遊撃手、そして2014年・リーグ2位の立役者で2年連続で最優秀中継ぎを獲得した、投打の中心選手を獲得している。7位にも小島、8位に川端と下位指名でも1軍で活躍した選手が揃っており、まずまずの成果を出している。

 では、逆に評価の低かった球団はどうか。この年、特に辛口の“採点”を受けていたのは横浜(現DeNA)、ヤクルトか。藤岡、そして松本竜也の抽選に外れ、1位で北方悠誠を指名した横浜。北方はイップスの症状などもあり1軍登板のないまま、3年目のオフに戦力外に。4位の桑原が一時、レギュラーの座を担い、2位の高城も1軍でプレーしたが、低評価を覆せるほどの成果は出ていないか。

 高橋のクジを外したヤクルトは光星学院の川上竜平を指名。ただ、1軍での出場がないまま、5年目の2016年オフに戦力外に。2位以下で指名された選手も目立った成績を残せず、2018年オフに3位の比屋根渉と6位の古野正人がチームを去った。指名選手全員が退団したのは、12球団でヤクルトだけだ。

 伊藤隼太を単独指名した阪神だが、伊藤隼はレギュラーには手が届かず。2位以下も厳しい結果に終わり、5位の松田遼馬は移籍したソフトバンクで昨季自身最多の51試合に登板した。このほか、菅野を逃した巨人は1位で松本竜也を指名したが、既に退団。ただ、4位の高木京介がリリーフとして活躍し、2位の今村信貴や7位の田原誠次も1軍の戦力になった。

 広島は1位の野村が2016年に最多勝に輝くなどローテの一角を担い、2位の菊池は球界を代表する二塁手となった。藤岡を外して武藤好貴を指名した楽天は6位の島内宏明や4位の岡島豪郎が中心選手として活躍。西武は1位の十亀剣がまずまずの働きを見せているが、2位以下で主力は育っていない。(Full-Count編集部)