報徳学園前監督、侍ジャパンU-18高校代表の監督を務めた永田裕治氏が日大三島の監督に就任

 兵庫の名門で春夏合わせ甲子園に通算18回出場、通算23勝17敗の成績を残した名将が選んだ地は静岡だった。報徳学園前監督で昨年まで野球日本代表「侍ジャパン」U-18高校代表の監督を務めた永田裕治氏は1日、静岡・日大三島高で新監督として練習初日を迎えた。

「またノックが打ちたいんや。新たなチャレンジ。報徳の監督になった時もそうやった」

 1994年春に報徳学園の監督に就任した当時は低迷期。コーチもおらず30歳の若き指揮官は一からチームの再建に着手。1995年の選抜に出場すると2002年には大谷智久(ロッテ)を擁して選抜優勝を果たすなど群雄割拠の兵庫で実績を積み重ねていった。

 現在、56歳。血気盛んだった頃に比べれば、顔つきも穏やかになったが情熱は当時のままだ。新天地での練習初日はあいにく雨で“ノック姿”はお披露目されることはなかったが、体幹トレーニングなど生徒たちへの指導は身振り手振りで熱のこもった指導を行った。

 日大三島はこれまで甲子園に春夏合わせ2回出場しているが、1989年夏を最後に聖地から遠ざかっている。周囲からは“甲子園出場”に大きな期待がかかるが、永田監督の最大の目標はまた違う場所にある。

「もちろん、甲子園は素晴らしい場所です。だけど、まずは誇れる学校、クラブになってほしい。この学校を卒業して良かったなと思えるように。勝ちもあれば負けもある。レギュラーばかりじゃなくて、それ以外の選手たちも(日大三島に)帰ってこれるように。それは報徳でも一緒だった」

オリックス山崎勝己捕手から託されたストップウォッチ

 報徳学園から掲げてきた「全員野球」を新天地でも継承していく。厳しい練習にも歯を食いしばり、チームが一つになっていく過程をこれまで何度も見てきた。日大三島での初練習前にはミーティングを行い生徒たちの意思を確認した。

「『甲子園に行きたい』と。その言葉に嘘はないか? と聞いたら嘘はないと。だったら、こっちも全力でやる」

 赴任前には新たな門出を祝い多くの教え子たちから激励を受けた。その中で現在はオリックスでプレーする山崎勝己捕手の代からはストップウォッチがプレゼントされた。報徳学園には200メートルトラックを設定されたタイムで駆け抜ける名物練習「トラックダッシュ(TD)」が存在する。

 過去のOBたちは“鬼ノック”と“TD”をこなし、チームが一体となり「逆転の報徳」と言われる底力を発揮してきた。日大三島には野球部グラウンドの隣に報徳学園の倍となる400メートルトラックが設置されている。伝統の練習が新チームでも行われるかは分からない。それでも、初日の練習にはストップウォッチを片手にする永田監督の姿があった。

 来春には寮が新設される予定で永田監督も寮生と寝食を共にする。「56歳にして新天地で出来ることに感謝。一心不乱に一生懸命やっていく。チャレンジ…新たなチャレンジですよ」。65歳の定年まで残り9年間、指揮官の挑戦は始まったばかりだ。(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)