グラウンドへの感謝は、精いっぱいのプレーで表現すべき

 広島で絶大な人気を誇り、33試合連続安打の日本記録保持者である高橋慶彦氏が、深いカープ愛とかつての本拠地・広島市民球場への思いを明かした。1989年オフ、15年間在籍したカープからロッテへトレード移籍が決まった高橋氏は深夜、長年本拠地としてきた広島市民球場の柵を乗り越え、スタンドに忍び込んだ。胸中には、さまざまな思いが駆け巡っていた。

 1989年11月、高橋氏は3対2の大型トレードでロッテへ移籍することが決まった。当時のカープは3年間リーグ優勝から遠ざかり、監督は高橋氏をレギュラーに抜擢した恩師・古葉竹識氏から、阿南準郎氏を経て、山本浩二氏に変わっていた。

 トレード成立直後のある深夜、高橋氏は慣れ親しんだ本拠地へ向かった。柵を乗り越えてしまえば、スタンドまで遮る物は何もない。当時は防犯カメラもない。暗い一塁側スタンドに立ち、自分の汗が染み込んだグラウンドへ向かって頭を下げた。「15年間自分のホームグラウンドだった物が、もうすぐそうでなくなると思うと、たまらなかった。自分の家から出ていく感覚だった。だから、今までありがとうございました、とね」。

 実は、高橋氏がグラウンドへ向かって頭を下げたのは、これが最初で最後。グラウンドに足を踏み入れる際、脱帽して頭を下げる選手は、プロ、アマチュアを通じて数多いが、高橋氏は疑問を投げかける。「何のために頭を下げるの?って。俺の持論では、グラウンドへ感謝の気持ちは、精いっぱいのプレーで表現すべき。俺は普段、グラウンドにあいさつなんかしない。形だけなら意味がない。頭を下げている選手たちが、みんな心から感謝しているのかというと、クエスチョンが付く」と言う。建前論が嫌いで、一般に常識とされていることも、自分の頭でしっかり考え、納得しなければ受け入れない性質のようだ。

 人同士のあいさつについても、「よく『俺はあいさつしたのに、あいつは返さなかった。なんて非常識なやつだ』と怒っている人がいるけれど、自分があいさつしたいなら勝手にすればいい話で、返ってこないからといって怒るのはおかしい」と考える。

 とはいえ、人同士のあいさつに関しては高橋自身、少年野球の指導では奨励しており、現役引退後にダイエー(現ソフトバンク)、ロッテ、オリックスでコーチを務めた時には、選手へ積極的に声を掛けていた。

「毎日あいさつを交わしていると、選手たちのその日の心境が見えるようになる」のが理由の1つだが、それだけではない。「あいさつをする人というのは、常にレーダーが回っている。視野が広く、先輩が来たとか、すぐにわかるし、状況判断が的確だ。そういう人は仕事もできる。一方、あいさつをしない人はボーッとしていることが多い。だから子供たちには、あいさつをしなさいと教えているよ」。そこには、若い頃に古葉監督からたたき込まれた、選手個々の状況判断に基づく緻密な野球に通じる物がある。

 カープの本拠地は、2009年4月からマツダスタジアムに移った。普段グラウンドへ頭を下げない高橋氏が1度だけあいさつした広島市民球場は、解体され、今ではライトスタンドの一部を残すのみ。高橋氏はロッテで1年、阪神でも2年プレーしたが、カープ時代ほどの輝きを放つことはできないままユニホームを脱いだ。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)