ギャラクシー賞月間賞:
「大豆田とわ子と三人の元夫」

4月13日〜6月15日放送
21:00〜21:54
関西テレビ放送 カズモ

 このドラマは、劇的なシーンで視聴者を感動させる従来のドラマとは、まったく異なる文法で作られている。人生を左右するような非日常的な出来事は直接描写されず、日常の言葉に落とし込まれ、まるで雑談のようにさりげなく語られる。私たち視聴者は、そんな雑談に加わりながら、登場人物たちの人生の機微や切なさに触れ、彼らが過ごしてきた時間や実現されなかった未来に思いを馳せるのではないだろうか。だからこれを「雑談ドラマ」と命名したいと思う。

 通常、雑談は無駄なものだ。だから初回で、会社のミーティングで交わされる、奥歯に挟まったゴマをめぐるくだらない会話に対して、大豆田とわ子の二番目の夫で会社の顧問弁護士の中村慎森は思わずツッコミを入れる。「雑談って、いります?」。

 しかし第2話でその慎森が、間違いで警察に連行されたとわ子を救うために警察に向かって全力疾走しながら想起するのは、とわ子との何気ない、しかし幸福な雑談の記憶である。非日常的な出来事は一瞬で過ぎ去ってしまうけれど、私たちは、家族や友だちや同僚と雑談しながら、それを理解したり悔やんだり乗り越えたりして生きている。そのときは気づかなくても、雑談の一コマが何かの拍子にふと蘇って一瞬の煌めきを放ったりすることだってあるのだ。

 とわ子の親友・かごめの死が事実として唐突に語られるのみで、辛い別れのシーンが描かれないのは、親友の死は雑談で語れることではないからだろう。しかし元夫たちや小鳥遊らとの何気ない雑談は、とわ子の心を癒やしていくのである。

 雑談を肯定することは、私たちの大して意味のない日々の暮らしを肯定することだ。雑談は不要不急かもしれないけれど、コロナ禍で雑談の機会がめっきり減ってしまったことで、私たちの心には穴があいてしまったのではないか。松たか子をはじめとする俳優たちの演技も、伊藤沙莉のナレーションも、エンディングの音楽も、すべて雑談のようなテイストで、その穴を埋めてくれたのだと思う。(岡室美奈子)

★ギャラクシー賞月間賞とは?=NPO放送批評懇談会が、優れた番組を自主的に選び出す制度。月間賞に選ばれた番組は、年間のギャラクシー賞審査に自動的にエントリーされる。