1929年(昭和4年)に東コースがオープンし、3年後には西コースが増設されて、日本初の36ホール完備のゴルフ場となった霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉県川越市)。開場当時の色あせた写真には、低木がまばらに生えた広大な敷地の中で、悠々とプレーを楽しむゴルファーたちの姿が残されている。開場90年が過ぎた今、コースを包む風格ある松林が醸し出す雰囲気は、これまで積み重ねてきた時間の結晶そのものでもある。

◇ジャパニーズ・トラディショナル・プロジェクト

2021年夏、当地で東京五輪のゴルフ競技が開催された。世界各国から集まった選手たちがメダル争いを繰り広げる陰で、一部海外メディアの間で話題になっていたことがある。それは、コースの至るところで目撃される、まるで盆栽のように美しく手入れされた赤松たちだ。

それには仕掛け人がいる。同クラブのコース管理部に務める東海林護(しょうじ・まもる)管理部長だ。「3年前に着任したとき、アメリカ人による設計(※トム&ローガン・ファジオが2017年に改修)だったこともあり、海外のコースのように見えました。だけど、せっかくの東京五輪なので、なにか日本的なものを演出したい。そう考えたときに思い付いたのが松だったんです」

松に手を入れるだけでなく、植栽のつつじやさつきは日本庭園にあるように真ん丸にするなど、ゴルフ場の景観に日本的な美しさを取り込もうという企画は、“ジャパニーズ・トラディショナル・プロジェクト”と命名され、コース委員会の承認を得て2019年に始動した。

東海林さんは、日本を訪れた外国人が頻繁にSNSにアップするような場所を調べ、新宿御苑や皇居周辺、庭園などを見学して“日本的”なイメージを固めていった。メンバーのツテを頼り、芝管理が本職の丸山和治担当課長を伴って、京都で有名寺院を手掛ける造園業者に剪定作業の手ほどきを受けに行ったこともある。

樹木剪定は見よう見まねでやっていた丸山さんは「いままで逆を切っていました」と頭を掻く。「ぼんぼりみたいな感じがいいと思って木の上(側)を残していたんですけど、赤松は女松という言葉もあって、垂れ下がるような形で下を残して上を切る。そういうアドバイスを受けました」

だが、日本庭園とゴルフ場では同じ樹木管理でも根本的な違いがいくつかある。まず、ゴルフ場で一番大切なものは芝である。その生育には日照と通風が不可欠で、それだけを考えれば木々の枝葉は極力少ない方がいい。さらに管理する本数も桁違いで、霞ヶ関CCは松(ほぼ赤松で黒松が少々)だけで約9000本が植えられている。

そのため、ゴルフ場では通常“強剪定”と呼ばれる、枝を切り詰める剪定作業が行われてきた。こうすれば、その後数年は同じ木に手を入れる必要はない。一方で日本庭園の樹木は1本1本、最後は手で芽や葉を摘んで仕上げるような徹底した管理がなされていた。

どうすべきか迷っていた東海林さんだが、東京のとある庭園にコース写真を持参すると「ゴルフ場でやられている赤松の強剪定も、何十年もやっていることだから、それはそれで機能美として日本のゴルフ場の文化なんじゃないですか?」と示唆された。

「“なるほど”と思いました。強剪定は強剪定で否定しないで、目立つところは目立つところで日本的に手をかけよう。それを使い分けていこう」と方針が固まった。

◇オリンピックで世界に発信! 国内からの反響も

東海林さんは当初、テレビに映る場所や目につくところにある数百本の松の木を、新たな手法による剪定対象としてピックアップした。

だが、業界の高齢化により対応できる外注業者は見つからず、作業は丸山さんら数人のスタッフに頼らざるを得なかった。生育を阻害せず安全に剪定作業ができる適期は、松が水の吸い上げを休止する冬期間に限られている。通常のコース管理も同時に行う必要があったため、対象は約100本に厳選された。

20m以上に育った松の木の剪定作業には、高所作業車が必要だ。「下(の枝葉)を残そうとし過ぎると、日が当たらなくて枯れてしまう。そこのバランスが難しかったです」と丸山さんは振り返る。

「うまく自分がイメージした通りに切れたら良かったなと思いますけど、切ったものは元に戻せない。上に登っていいと思って切っているけど、下に降りて失敗したっていうのも多々あって、そういうときは情けなりますね」と苦労の連続だった。

当初、1日2万人のギャラリーを入れる予定だった東京五輪のゴルフ競技では、枯れ枝落下による人身事故を警戒していた。丸山さんらは小型チェーンソーやハサミを使った剪定作業や枯れ枝除去を続けながら、木肌を剥いて赤松特有の幹の赤みを演出するなど地道な準備を重ねていった。

その後、コロナ禍に見舞われて東京五輪は1年延期が決定された。関東近県に緊急事態宣言が出され、2020-21年は時間的、人数的な制約も課される中での作業となった。

「2019年に作業したものが、ちょっとボサボサになってきちゃったかなというタイミングで本番を迎えたので、あまり本望ではなかったのですけど…」と東海林さんはやや残念そうだ。「赤松は、樹皮を剥がしたばかりのときは赤さがすごく綺麗でコースに映えていたんですけど、1年くらい経つと少し黒ずんできたりして…」

それでも、遠く海外からやってきた人々に、霞ヶ関は“日本的なゴルフコース”として印象的に映ったようだ。SNSにはコース写真だけでなく、松の木の写真も投稿され多くの人々の目を癒やした。加えてプロジェクトは国内のテレビ番組でも紹介され、同業者からの反応も少なくなかった。

「“そこまでやっているのか”っていう反応が多かったですね」と東海林さんは打ち明ける。「どちらかというと、コース管理者にとって木は、風が吹けば葉っぱが落ちて清掃しなきゃいけないし、枝も切らないといけなくてマイナスの方が多い。でも、やっぱりゴルフ場には必要なものなので、手入れを要望もされるし、やりたいけど、なかなかそこまで手が回らないっていうのが多くのゴルフ場の現状なので…」

コースの樹木との関係は、いまや日本で幾多のゴルフ場が抱えるジレンマだった。

◇崩れたバランスを取り戻せるか?

日本ではバブル期の1980年代後半から90年代前半をピークにゴルフ場建設ラッシュが沸き起こり、同時に景観、ハザード、日除け、境界、打球事故防止といった様々な目的で木が植えられた。それから数十年が経過した今も、木々は日々成長を続けている。

「あくまでゴルフ場は芝がメインなので、メンテナンスの比重は少ししか掛けられない。そういう中でバランスが崩れてしまったのが現状だと思います」と東海林さんは指摘する。

かつて田んぼだったゴルフ場周辺は、宅地化や幹線道路化が進んでいる。巨木となった樹木たちは、コース内では日照や通風不足を引き起こし、台風による倒木被害でコース外まで被害を及ぼすことも増えている。

霞ヶ関CCの広報委員長、越正夫さんは「3年くらい前からコース管理上、樹木とのバランスが必要という新しい考え方が出てきて、積極的に会員向けの広報をやるようにしています」とここ数年の変化をあげる。

「もともと木を切りたいというニーズはコース管理側から出てきます。それに対して、“なぜそれが必要なのか?”というコンセンサス作りが大切です。それをやってコースの芝が良くなったとメンバーが実感していますので、“必要なことはやっていこう”というのは、大多数の賛成が得られていると思います」

霞ヶ関CCでは1本1本の松がナンバリングされて資産台帳で管理され、伐採には理事会の承認が必要となる。メンバーの中で“木は財産”という認識は根強いが、それでも総合的に判断してコースにとって必要な伐採ならば、受け入れる土壌もある。

越さんは「もともと樹木の景観をすごく大事にしているコースでしたので、より良くするのに反対する人はいないと思います。そういう矜持といいますか、霞ヶ関としてそういうところもきっちりやっていこうという意識はもっています」と胸を張った。

それでも問題はある。日本ではまだ、“ゴルフ場の樹木管理”というフィールドは確立されておらず、人材もいなければ集約された知識もない。その一方で、アメリカやイギリス、オーストラリアなどには、樹木医やアーバンフォレスター(※都市環境での樹木管理を専門に行うスタッフ)を抱えた企業が、ゴルフ場と共に長期的なマネジメント戦略を策定し、実作業まで手掛けている。

「アメリカはジオラマ的な発想で樹木をゴルフ場の構成物として見ているところがあって、たとえばグリーン脇にある木を30年毎に植え替えるようなことやっています。そういう文化があり、需要がある分、そんな業者もあるのかなって思います」と東海林さんは羨ましがる。

だが、盆栽を慈しみ、植物を大切にしてきた我々の文化を考えれば、そんな企業が日本に誕生するのもそう遠くない未来なのかもしれない。(編集部・今岡涼太)