◇米国男子プレーオフ第2戦◇デルテクノロジーズ選手権◇TPCボストン(マサチューセッツ州)◇パー71(7342yd)

いつからだろう。親友の背中がやけに大きく感じるようになったのは―。2年前の春、彼はまばゆいスポットライトを浴びてグリーンジャケットを羽織っていた。うれしいはずなのに…。ジャスティン・トーマスは当時を思い返して「僕はいまでもジョーダン・スピースに嫉妬しているよ」と笑った。

同学年の2人の出会いは2007年。AJGA(米国ジュニアゴルフ協会)主催の大会だった。練習場でボールを打っていたトーマスのもとにスピースが「同じ組で回るから、よろしく」と挨拶をしに来た。「忘れていないよ。この大会でジョーダンが優勝したことも、僕が全然ダメだったこともね」とトーマスは回想した。

直後に2人は、ジュニアの米国代表としてフランスに遠征した。同じ部屋での共同生活。ゴルフ、趣味、家族のこと。やけに気が合って、すぐに打ち解けた。帰国後も大会で何度も顔を合わせた。「当時、僕らはいつも近くにいて、そして争ってきた」(トーマス)という。

注目を集めた2人の育ちは、大きく異なる。父も祖父もプロゴルファーでサラブレッドのトーマスは2歳からクラブを握った。スピースは中流階級で育ち、一家は障害を持つ妹のエリーさん中心の生活を送っていた。

高校まで互いにタイトルを争った2人は、別々の大学に進学。注目を集めていたのは、ジュニア時代から計125勝を重ねたトーマスの方だった。「僕らはジュニアのときから、いつもトップを争った。世界アマチュアランクは1位がジョーダン、大学のリーグランクでは僕が1位だった」

しかし、スピースは2012年に大学を中退してプロ転向し、13年「ジョンディアクラシック」で初優勝。14年の「マスターズ」で2位に入り、形勢は完全に逆転した。そして15年4月。スピースが前年に続き、オーガスタの最終日をトップで迎えた夜。2人は食事に出かけると、トーマスは励ましの言葉とともに親友の背中を強く押した。

その2カ月後、スピースは「全米オープン」でも優勝し、ゴルフ界のスターになった。対してトーマスは、同年に初めてツアーにフル参戦。差は歴然だった。トーマスは「ジョーダンはプロで何勝も挙げて、メジャーを獲っていた。友達としてはうれしいけど、嫉妬はしていた」と、苦笑いしながら明かした。

遅れること2年。ついにトーマスは2017年の「全米プロゴルフ選手権」で、メジャー初制覇を遂げた。18番グリーンから降りると、スピースは「君が出てきて、またメジャーを獲るのが難しくなった」と賞賛した。ちょうどその1カ月前の「全英オープン」でタイトルを手にしたスピースに、トーマスが言葉を贈ったように。

「デルテクノロジーズ選手権」最終日、トーマスは一時首位に立ったスピースを再逆転して勝利し「僕らが1、2番で終えた。これから逆もあると思うけど、何度もこういう争いを続けたい」と語った。

対してスピースは「僕らの関係は不思議なもの。ウッズとミケルソン?いや、違う。彼らは一緒に育ってきたわけじゃないし、部屋だって同じじゃないはずだ。僕らは14歳から一緒だった。親友でもあるし、いまはプロで争っている」と微笑んだ。

親友でありライバルでもある2人は、まだ24歳だ。これからもマッチレースは続く。(マサチューセッツ州ノートン/林洋平)