アメリカ国外で初のディズニー・テーマパークとなった東京ディズニーランドが開園したのは1983年4月15日。そして名称が東京ディズニーリゾートに変わってから20年あまりが経つ。

 

スペースマウンテンの風

東京ディズニーランドに初めて行った時のことを覚えている人は多いのではないだろうか。筆者の脳裏に強烈な印象として残っているのは、夏の暑い日差しの中、かなり長い時間並んだ後にスペースマウンテンで感じた風だ。

 

ディズニーパーク初体験は、カリフォルニア州アナハイムのディズニーランドだった。19歳で初めて行った時に感じたのも、やはりスペースマウンテンの風だ。ちょっと力んだ言い方をするなら、“マイ・ディズニー・モーメント”みたいなものだ。人それぞれに、そういうシーンがあると思う。

 

みんなが共有するマジック

20年くらい前の話。大好きなTDLで働けたらいいな、なんて漠然と思っていた時、突然チャンスに恵まれた。当時建設中だったディズニー・シーの現場で通訳として働けることになったのだ。期間はそれほど長くなかったが、本当に楽しかった。

 

持ち場がどこであれ、現場の人たちは週ごとに設定されるかなりキツいノルマをこなさなければならない。しかし、みんなそれを超えたところにある何かを見据えながら、実に楽しそうに働いていた。「おいおい、ほんとにマジックかかってんじゃないの?」と感じる瞬間が何回もあった。

 

その根底にあったのは、“夢の世界の一番新しい部分”を創る現場にいられる幸福感かもしれない。いや、それだけではない。数えきれないほどの人たちが長い間享受していくエンタテインメントに直接関わっているというワクワク感も大きかったはずだ。

 

ワクワク感を可視化する

『「エンタメ」の夜明け―ディズニーランドが日本に来た日』(馬場康夫・著/講談社・刊)は、日本にしっかり根付いている一大エンタテインメントが芽を出していく様子を見ていく内容だ。その過程で、独特のワクワク感が可視化されていく。章立てを見てみよう。

 

1.史上最大のプレゼン

2.ディズニーを呼んだ男

3.パッカードに乗った次郎長

4.黒い蝶

5.世界の国からこんにちは

6.祭りのあとさき

7.ウォルト・ディズニー

8.利権の海

9.白いキャンバス

 

筆者みたいなおっさんでもワクワクできるのはなぜか。ふとした瞬間にYouTubeでエレクトリカルパレードの最新映像を探してしまうのはなぜか。そしてあの夏の日、スペースマウンテンで感じた風の匂いを今も覚えているのはなぜか。この本には、多くのヒントが隠されているに違いない。

 

芽が出るまでの緊張感

芽を出す前の、種が蒔かれるまでについて触れた第1章は、走り始める緊張感が章の終わりまで続く。

 

1974年12月1日の昼下がり、三井・三菱という日本を代表するふたつの企業グループの招きで、ウォルト・ディズニー・プロダクションズの経営陣が羽田に降り立った。

  『「エンタメ」の夜明け』より引用

 

そして、日本にディズニーランドを作る計画を具体化するための6日間が始まった。それぞれの企業がプレゼンを準備し、実行する様子が細かく描かれる。このあたり、まるで『24』を見ているような感覚にとらわれる。2章以降は、歴史的プレゼンに深く関わった人々の経歴を俯瞰しながら、「ディズニーランドを日本に持ってくる」ことに対する情熱が静かに大きくなっていく過程が明らかにされる。

 

“最大の娯楽”とは何か

ワクワク感を生み出す原動力となっているのは、ひたすらファクトを積み重ねていく地味な努力ではないかという気がしてきた。それは、次のような言葉にも垣間見ることができる。

 

「ディズニー・ランドは世界中のレジャー施設が噛みしめていい示唆に満ちている。ディズニーの言ったことばで僕の好きなセリフをもう一つだけ付け加えておこう。—われわれは、王さまや王妃さまを楽しませたいと思う。しかし。ディズニー・ランドでは、すべての客がVIP(要人)である」

『「エンタメ」の夜明け』より引用

 

もうひとつ、ぜひ紹介しておきたいエピソードがある。開園当初のアナハイムのディズニーランドでは、水飲み場のノズルが180度反対の方向に取り付けられていた。なぜか。その理由は、スタッフの生の言葉を通して次のように綴られる。

 

飲料スタンドまで行かずに水飲み場で水を飲むというのは、そのお客様がよほどのどが渇いている証拠です。カラカラに乾いたのどを水で潤すとき、ペコペコに空いたお腹を食べ物で満たすとき、つまり欠けていた生存欲求が満たされたとき、人間はいちばんいい表情をします。そのいちばんいい表情を親子で共有できるなんて、最大の娯楽じゃないですか」

『「エンタメ」の夜明け』より引用

 

ウォルト・ディズニーという人は、エンタテインメントをこういうレベルでとらえることができる人だったのだ。そしてこうした姿勢は、TDRにもしっかりと受け継がれ、息づいている。

 

思い通りにパークを歩けるようになるまで、まだしばらく時間がかかるだろう。だからその時を思い浮かべながら、ワクワク感をひたすら貯めておくことにする。

 

【書籍紹介】

「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た日

著者:馬場康夫
発行:講談社

ウォルト・ディズニー、小谷正一、堀貞一郎ー見えない因縁の糸で結ばれた日米3人のプロデューサーたち。東京ディズニーランドはいかにして誕生したのか。したたかでウイットに富んだ男たちの「戦い」が、日本のエンターテインメント・ビジネスの夜明けを告げたー。

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