『歴史群像』の人気連載「戦国の城」の復元イラストを中心にまとめた香川元太郎氏の城郭イラスト集『ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 戦国の城』が8月下旬に発売になりました。

 

本書掲載の105城には、40名近くの監修者にご協力を頂いていますが、最多の18城を監修されているのが城郭研究家の中井 均氏です。香川氏とは20年以上にわたりタッグを組み、近年は城のイベントもよく一緒に登壇されていますが、本格的な対談は意外にも今回が初めてとのこと。

 

それぞれの立場でお城の楽しさを発信され続けておられるお二人に、復元イラストの魅力、意義、苦労、そして今後について伺いました。

※本対談は、『歴史群像』169号(2021年9月発売)よりタイトルを一部変更して転載したものです。

 

(取材・構成=歴史群像編集部)

 

最初は否定的だった?

――お二人が小誌の城郭再現イラストで初めてタッグを組まれたのは2000年秋冬号掲載の小谷<おだに>城ですね。

 

香川 はい、そうだと思います。まだ歴史群像(以下歴群)が季刊誌でした。

 

中井 しっかり記憶に残ってます。小谷城で初めて香川先生とお仕事したときに、お城を知っているイラストレーターの先生だと出来上がりが全く違うぞと、強く思いましたので。

 

――戦国期の山城の復元イラストについて、お二人の場合の制作過程を教えてください。

 

中井 私が一緒にお仕事をするときは、まず編集者を通じて縄張図をお渡しします。香川先生はその縄張図から、最初の下絵を起こされるんだろうと思います。

 

香川 そうですね。今回の本にも収録されている赤穴瀬戸山<あかなせとやま>城を例にすると、最初に中井先生から縄張図が送られてくる訳です。勿論、縄張図だけでなく、復元のポイントもいただきます。ここはこう描いてほしいとか、一番中心の曲輪<くるわ>についての捉え方は色々あるけど、全体を天守台と考えてもいいだろうとか。そういう要点も伺って図面を起こし始めます。具体的には、各曲輪の推定の標高を縄張図の上に赤で描き込んで、次に碁盤の目を描いて、城を見る方向を決めます(図1)。これは中井先生や編集部とも相談することもあります。それを今度は斜めから見たパースに起こして、立体化した下絵にします。さらに、そこに建物案を赤で描き込んだもの(図2)を、中井先生にお戻しします。

 

図1:赤穴瀬戸山城の縄張図に標高と碁盤の目を描いたもの

 

図2:碁盤の目を使って地形を立体化し、建物案を描き込んだもの

 

――ということは、最初は平面の縄張図と文字情報だけなんですね?

 

香川 そうですね。

 

中井 実は私、最初にこういう復元イラストを作りたいという依頼を受けたときは、わりと否定的だったんですよ。というのも、縄張図は曲輪と土塁<どるい>と堀切<ほりきり>はわかるけれど、建物はわからないので。地形を鳥瞰図に起こすのは賛成だけど、そこに描き込む建物までは保証できないし、完全なものにはならない。だけど、曲輪や土塁や堀切だけだと、一般の人はこれが戦国時代の城だと思って、建物がなかったというイメージを持ってしまう。それは困るなあと(笑)。なので、あくまでも建物については想定復元という理解で、香川先生の下絵に対して、なんとか他の城の発掘調査の事例なども参考にして、ここはやっぱり建物がなくて曲輪だけだったんじゃないかとか、そういうところをキャッチボールさせてもらってます。

 

香川 そして、いただいた指摘を反映させます。歴群の場合は〆切もありますし、中井先生とは何度もお仕事してるので、細かいところは私の方でお任せくださいという感じで、キャッチボールも簡単に、サクッと本画に取りかかります。その代わり、本画が仕上がった段階でもう一回見ていただいて、そのあと修正を加えるということもあります。出来上がるまで、だいたいひと月ぐらいでしょうか。

 

『ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 戦国の城』に掲載された中井先生監修の赤穴瀬戸山城。本書はこうした折込(A3サイズ)で80城、その他25城を掲載している

 

20年での変化

――長年復元イラストに関わってこられて、感じておられる変化などがあれば教えてください。

 

中井 基本的に私は、戦国時代の山城の面白さを、歴史好きの人だけでなく多くの人にわかってもらうことが大事だと思ってます。我々は現地に行けば、そこにどんな城が建っていたか、おおよその想定ができるけれど、一般の人は何かビジュアルがないと難しい。そこは、いまも昔も同じです。復元イラストの重要性は変わっていません。変わったのは、復元イラストのクオリティがより高くなってきていることですね。同じ城でも監修者が違えば香川先生の描き方も違ってくるように、何人もの人間が一つの城に挑んで、何度も描かれるうちに、クオリティが上がってきている。そして一番驚くのは、昔から知られている有名な城だけでなく、本当にマニアの人しか知らないような城まで、復元イラストが描かれるようになったことですね。雑誌だと紹介したことのない城を載せるという編集方針もあるでしょうけれど、やっぱり今までやってきた蓄積があるからこそ、どんどん新しい城にも挑めるのかと。もう、五大山城とか、十大山城とかの世界じゃない訳ですよ(笑)。

 

香川 けっこうマニアックな城も入ってきますよね。私も、依頼を受けた段階では全く知らない城が結構ありますからね(笑)。

 

中井 当然、監修の担当者は縄張図を描きに現地に行ってるだろうけど、それを受ける香川先生が、歴群の場合だとひと月ぐらいで描かれている。これまでの経験が名前も聞いたことのないような城でも描けることに繋がっているとは思いますが、すごいことですよ。

 

香川 いま思い返してみると、最初の頃の復元イラストって、もうちょっとざっくりやってましたね。縄張図は当時と今とでそんなに変わるものではないけど、そこにどんな建物が建っていたかは、わりとイメージでいいでしょうという雰囲気があったんですよ、最初の頃は(笑)。それが今は発掘調査も進んで、繰り返し復元イラストが描かれることで、この場所にこんなにいっぱい柵が回ってたらおかしいだろうというような意見も出てくるようになった。想像を含むとはいえ、根拠のない想像ではなく、その根拠が増えてきて、考証の精度が上がってきてます。

 

中井 その分、大変さは増してるでしょうね。

 

香川 より細かいところにまで気を遣うようになってますね。城の遺構<いこう>以外の部分、人物が持っている武器や旗印<はたじるし>などにも当然気を配って描いているので、本書では是非じっくりご覧いただきたいです(笑)。

 

塀を描くか、柵を描くか

――復元イラストの難しいところや監修のポイントを教えてください。

 

中井 私の場合はやっぱり建物ですね。我々監修者は調査に行って、現地の遺構から判断して縄張図は描ける。少しは自分も進歩していると思うので、縄張図については、もうこれでやってくださいと、ある意味自信があります。が、じゃあ、どこに何が建っていたかというと、毎回悩むところですね。香川先生から送られてきた下絵を見て、なるほどここに櫓<やぐら>を描かれたのはそういうことかと、教えられることもあります。もちろん、建物じゃなく土木がすごい城もあるので、建物と土木のさじ加減みたいなものは、監修するときのポイントになってますね。あと、例えば、虎口<こぐち>があって土塁があると、門があった可能性がある。で、その門は薬医<やくい>門(鏡柱と控え柱をまとめて一つの切妻造の屋根で覆った格式の高い門)なのか、土塁の上に櫓を渡した櫓門か。土木の図面である縄張図を描いているときにはあまりそこまで考えないけど、いざイラストになると思うと、ここは土塁が高いのでひょっとすると櫓門だったかもしれないと、考えが浮かぶことがあります。

 

香川 ある程度ポイントとなるところは、ここは櫓門でしょうと、きちんと指示していただけますが……。

 

中井 香川先生にお任せするところもあって、下絵は毎回楽しみです。そうした場合に、曲輪に何もない、要するに建物が描かれていないこともありますが、建物のあるなしは、どういうふうに判断されてるんですか?

 

香川 そこは、他の城の事例やこれまでの経験から考えます。その判断がいつも正しいとは限らないんで、いろいろ指示を受けることもあるんですけどね(笑)。あと、私が一番悩むのは、塀を描くか柵を描くかですね。曲輪があってもそこに建物がないケースはもちろんあると思いますが、それなりの広さがあったら、何かで囲ってるだろうと思うわけです。そのときに、曲輪の縁に柵を回すのが果たして正しいのか。そこは塀を回してもう一段下の帯曲輪<おびぐるわ>に柵を回すべきじゃないかとかね。塀や柵を描くことによって、これは城の曲輪なんだというイメージがはっきりするので、絵としてはかなり大事なところなんですが、その大事なところを想像でやるので、おおいに迷うところでもありますね。ここは削平<さくへい>されてるけど、捨て曲輪的なところなんじゃないかとか、形や全体から総合的に判断したりします。いつも試行錯誤がありますよ。

 

中井 なるほど、香川先生とのキャッチボールがやりやすいわけですね。情報提供する側の我々と、同じレベルの情報を持っていらっしゃるとは常々感じてましたが、納得です。

 

――監修されたなかで、特に印象に残っているイラストを教えてください。

 

中井 一つは佐和山<さわやま>城です。香川先生が描かれた佐和山城を初めて見たとき、これ、これなんだよ、僕が思ってたのはって思いました。で、もう一つは天王山山崎城(図3)。これは、城を見る方向が新しかった。天守を北側から描かれていて、今までの鳥瞰図とは全く違うイメージがありました。

図3:北から描かれた山崎城。本丸の北端部に一段高く天守台が配置されている

 

香川 山崎城の方向は、当時の編集者のアドバイスがあったと記憶してます。

 

中井 あとは彦根城。慶長の築城時を監修させてもらって、自分でも上出来だと思ってるんです(笑)。あと、彦根城は別の監修者の方で、違う時代を描かれたものもある。それを見ると、なるほどこういう見方もあるんだと思います。

 

――中井先生の監修の特徴を教えてください。

 

香川 中井先生が、ここが面白いでしょうと挙げられるポイントは、絵にしたときに見栄えがします。建物について難しいと仰るけど、例えば織豊<しょくほう>系の山城の鎌刃<かまは>城や宇佐山<うさやま>城なんかも、小さいけどここに織豊系の面白い建物が建っていたというご指示をいただき、それをクローズアップして描きました。

 

中井 そう言っていただけると嬉しいです。イラスト監修の仕事をするようになってからは、城に行って、これ歴群に使えるなって思うときがあるんですよ。その典型が先ほど例に出た赤穴瀬戸山城です。ここは戦国期の堀切がそのまま残ってる一方で、慶長期以降に富田<とだ>城の支城として改修されたときにつくられた石垣もあるという新旧時代が同居している国境の城です。

 

香川 私も描いていて楽しかったです。

 

中井 普通は〇〇城をお願いしますと言われて監修を引き受けるけど、赤穴瀬戸山城に関しては、編集者に自分から推薦して、何年越しかで取り上げてもらいました。城に行って、香川先生にイラストにしてほしいと思うことはよくあります。

 

自治体依頼の復元イラスト

――今回の本では、自治体から依頼されて描かれたイラストもあり、それらには中井先生の監修も多く含まれますが、その経緯を教えてください。

 

中井 まさに城の復元イラストが評価されたということだと思います。行政の方たちも地元の城跡を整備して、もっと多くの人に知ってもらうにはどうしたらいいかを真剣に考えている。私も色々な城の整備委員をやっている関係で相談を受けたときには、復元イラストがわかりやすいよと伝えてます。で、香川先生にお願いするという話に進んでいくのかと(笑)。

 

香川 ありがとうございます。

 

中井 いや、ただでさえお忙しいのに、申し訳ないと思ってます。

 

――歴群の場合と違いはありますか?

 

香川 基本は同じですが、実際は自治体の方が大変ですね(笑)。というのも、地元の多くの方が納得するものじゃなきゃいけないので、歴群のようにお一人の監修だけで済むというわけではなく、チェックする方が多くなる。下絵のやり取りも、何か月もかけて何度もやるということが非常に多いですね。中井先生のような方が中心になっていただける場合は早いのですが、復元のイメージは人によって違って、すごく立派なものを想像される方もいるし、逆にすごく簡素なものを想像される方もいる。そして、そのどちらも間違いではないわけです。

 

――城だけでなく城下も含めて広い範囲を描かれているものもありますね。

 

中井 これは調査研究の影響もあるでしょう。山城部分だけでなく山麓部分の地籍<ちせき>調査(一筆ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量する調査)をすると、戦国期に城下があったという痕跡が残っている。江戸時代に城下町ごと別のところに移動したようだと。となると、戦国期のお城だけ描いてあったら、城しかないようにイメージされてしまう。実は城下も伴ってたことがわかるように、城と城下をセットで描いてほしいということになりますね。

 

香川 広い範囲を描くときは、縄張図だけでなく地形図を何種類も使うので、地形を起こすのも骨が折れます。そこに当時の景観を描くとなると、町の規模だとか、当時はここに寺があったとか、資料も多岐にわたります。私が最初に下絵を描いたら、それを見て担当の方が新たな資料を探してくることも、よくあります。実は、ここに道があったようです、とかね(笑)。そういうのが大変といえば大変ですね。でもそうすることによって、城だけでなく戦国期のその地域がどうだったかという全体的な景観が出来上がってくるので、非常に意味があることだと思ってます。

 

――最後に、今後やってみたいことを教えてください。

 

中井 私は失われた山城、つまり開発で山ごと住宅地や道路になってしまって、遺構が現存していない山城を復元したいですね。実はこうした理由で、開発前に山を丸ごと発掘調査してる山城が全国にいくつもあるんですよ。その発掘成果を、そっくりイラストで再現する。学問的にも価値があるし、香川先生とタッグを組んで一回やってみたいと思ってます。

 

香川 私は最初の頃に描いた城を、新しい視点や切り口で、いまもう一度描くのも面白いのではないかと思ってます。次号(歴史群像170号)に中井先生の監修で虎御前山<とらごぜやま>城を描く予定ですが、この城は小谷城の付城<つけじろ>なんですよ。だから小谷城も一緒に描く予定です。二十年経ってもう一度小谷城を、違う角度から再考証しようということになるかもしれませんね。じつは海外の方からもメールをいただくことがあって、中国のファンの方からは、戦国武将の本拠地のようなもっと有名な城を描いてくださいというリクエストが多いです(笑)。なので、これから、もう一度、有名な城を描いてみるのもいいと思ってます。

 

――次号がさらに楽しみになりました。本日はありがとうございました。

 

中井均(なかい・ひとし)

1955年、大阪府生まれ。城郭研究家、滋賀県立大学名誉教授、公益財団法人日本城郭協会評議員、織豊期城郭研究会代表。特に中世考古学・織豊系城郭が専門で、多くの山城の整備委員として指導もしている。

 

香川元太郎(かがわ・げんたろう)

1959年、愛媛県松山市生まれ。日本城郭史学会委員、イラストレーター。特に歴史考証イラストが専門で、歴史教科書、参考書などにも多くの作品が掲載されている。

 

【書誌情報】

ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 戦国の城

著者: 香川元太郎(イラスト)
発行:ワン・パブリッシング
定価: 3850円 (税込)

 

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