ちかごろ、組み合わせの面白さに気持ちが向いている。現役高校生運営のインターネット×塾とか、箱根の芸者さんたちによるクラウドファンディング×ライブ配信とか、そういう組み合わせだ。

 

足し算が醸し出す組み合わせの妙

この種の面白さは、かけ算でたとえられることが多い。ただ筆者は、足し算にリアリティを感じる。A×BよりもA+Bのほうが、本質が交じり合うプロセスを思い浮かべやすいような気がするのだ。

 

ここでは、「歴史+広報」という足し算を軸に話が進む『もし幕末に広報がいたら』(鈴木正義・著/日経BPマーケティング・刊)という本を紹介したい。著者の鈴木氏は、とある企業の現役広報部長。専門知識と実務経験を背景に、これまで誰も考えなかった手法で日本の歴史的事件を見直し、その本質を浮き彫りにしていく。広報部長らしく、プレスリリースに乗せるのだ。

 

歴史的事件のプレスリリース

どういうことなのか。以下の文章を見ていただきたい。本書のタイトルにも使われている大政奉還に関するプレスリリースの一部だ。

 

幕府、大政奉還を奏上

近年、米国、ロシアなど諸外国からさらなる日本市場の開放の声が高まっています。安政5年に締結した5か国との通商条約をめぐっては、「桜田門外の変」をはじめとする混乱を招くこととなりました。幕府はこの混乱を招いた責任を痛感し、また現有の幕藩体制では今後の国内外の政治運営が困難であると考え、今回、より高い指導力をお持ちの朝廷に政治権限をお返しすべきとの結論に至りました。

『もし幕末に広報がいたら』より引用

 

背景・理由・経緯など伝えるべき情報がすべて盛り込まれていて、ロジックにもツッコミどころがない。この本の各項目は、まずこうしたプレスリリースの文面が提示され、全体的構成を俯瞰し、それぞれの文章に対してより具体的な解説が加えられるという作りになっている。

 

知的好奇心をダイレクトにくすぐる項目タイトル

章立てを見てみよう。

1章 リスクマネジメント
2章 制度改革
3章 マーケティング
4章 広報テクニック
5章 リーダーシップ

 

実用書というのは、章タイトルにも説明的な文章が付けられることが多い。しかし、この本はご覧のとおりごくシンプル。このあたりにも、伝えたいことをシンプルに伝えるというプレスリリースの作法や極意みたいなものが見え隠れしていると思う。

 

超実用的なプレスリリースをIFの世界で展開させていく面白さは、「武田信玄の死を広報的にごまかしてみる」「松尾芭蕉を旅行系の人気ユーチューバーに」「学習塾風に松下村塾の生徒を大募集!」「聖徳太子をメディアに売り込む最高の方法」「井伊直弼、命懸けのコンプライアンス違反」といった項目タイトルから十分に感じられる。

 

IFの世界で繰り広げられるリアリティ

広報という仕事についての連載コラムも手がけている鈴木氏は、解説を通して気づいたことがあるという。当事者にとってはネガティブでしかない「失敗したときのプレスリリース」を実例と共に紹介することこそ、読者にとって最も実用的なコンテンツなのだ。実践的な失敗の研究を、説得力ある実例としてつまびらかにしていくにはどうしたらよいのか。そこから生まれたのが「歴史+広報」というフォーマットだった。

 

実際に執筆を進めながら、いつものプレスリリースを書く要領で事実を調べていくうちに、「あれ?この人物、もし現代にいたら名経営者になっているな」とか「もしこれが現代なら、コンプライアンスでアウトだろう」など、「もし」を加えることによって学校で習った歴史とは違った面白さを見つけることができました。

 『もし幕末に広報がいたら』より引用

 

「もし」を相手にした本書ならではの足し算によってもたらされたものも、はっきり示される。

 

これって作詞に近いんじゃないの

もうひとつ、紹介しておきたい文章がある。徳川綱吉による“生類憐みの令”に関するプレスリリースの最後の部分だ。

 

江戸は世界屈指の人口を持ちながら、水道システム、衣類の高いリユース率、排せつ物等のリサイクルシステムなど、世界に類を見ないエコロジーの進んだ都市です。「生類憐みの令」により、動物愛護に加え、子どもの権利、社会的弱者の権利にも配慮した理想都市として、ダイバーシティーとインクルージョンでも世界に誇るレガシーをまた一つ手にすることになります。

『もし幕末に広報がいたら』より引用

 

自然に生まれる独特なフロウが感じられないだろうか。プレスリリースの文章を書くという作業はコピーライティングに近いのだろうけれど、その本質はむしろ作詞に似ているのかもしれない。日本史を学び直すのにも、伝わりやすい文章を体感するのにもぴったりの一冊。

 

【書籍紹介】

もし幕末に広報がいたら

著者:鈴木正義
刊行:日経BP

もし、あの時代に「広報」がいたら、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれないーー。本書は大政奉還、本能寺の変、関ケ原の戦い、武田信玄の死といった、誰もが知る日本史の大事件を題材に、マスコミ向けの報道発表資料である「プレスリリース」を作成し、企業や組織による情報発信の重要性や広報という仕事の面白さについて解説しました。

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