こんにちは、書評家の卯月 鮎です。世界に監視カメラは何台あるのか。ふと気になって調べてみると、海外の調査会社の「2020年時点で7億7000万台あり、2021年には10億台になる」というリサーチ結果が報道されていました。最近は多くの車にドライブレコーダーも搭載されているので、ちょっと外出したら必ず何かしらのカメラに自分の姿が映っていると思って間違いないでしょう。

 

ユーチューバーのHIKAKINさんが炎上しない方法のひとつとして、「家から一歩外に出たら、もう360度カメラで全て撮影されていると思って……」と話されていましたが、これが現実になる日も近いかもしれません。

 

さて、現代は電子機器が使われていますが、そうした手段がなかった江戸時代はもちろん人力。江戸時代の情報収集システムとはどのようなものだったか? 諜報活動の実態がこの本を読むとわかります。

 

幕府を影で支えた情報収集システムとは?

今回紹介する新書『インテリジェンス都市・江戸 江戸幕府の政治と情報システム』(藤田 覚・著/朝日新書)の著者、藤田 覚さんは、日本近世史学者で東京大学名誉教授。『泰平のしくみ─江戸の行政と社会』(岩波書店)、『遠山金四郎の時代』(講談社学術文庫)など江戸時代に関する著書が多数あります。

将軍直属のスパイだった御庭番

第1章は「将軍直属の『スパイ』がいた!――御庭番の情報収集と幕府政治」。私は、ファンタジーに近いところがあって時代小説も好きで読むのですが、御庭番が活躍するシーンにしばしば出くわします。

 

なんとなく忍者の一種かなと思っていましたが、もともとは紀州藩主だった徳川吉宗が将軍になる際、地元から連れてきた武士たちが始まりだそう。御庭番は将軍直属の情報収集役人として密命を帯びて行動していました。明治時代の史料『旧事諮問録』には、幕末に御庭番だった人物の証言として「姿は変えて行くのです。内密の訳でございますから」と書かれていて、変装して情報収集するのはまさにスパイのイメージですね。

 

この御庭番が活躍したのが、天保12年に起きた幕府を揺るがす大事件「三方領知替の撤回」。第12代将軍・徳川家慶の命を受けた御庭番が、新領主に反発する庄内藩の現地に赴いて情報収集をし、届いた「風聞書」を読んだ将軍が老中の方針を覆したのが事の真相。いかに御庭番の情報が重要視されていたかがわかります。

 

日本中の大名や公家の動向を探っていた幕府ですが、幕末には異国への対応も迫られるようになってきます。長崎・出島に赴任してくるオランダ人商館長が語る世界情勢は、秘密情報として飛脚の至急便で江戸に送られ幕府が把握していたそうです。

 

しかし、オランダ語を聞き取る役割のオランダ通詞(長崎の役人)がネックで、異国の情報を手に入れたい各藩が通詞に経済的援助をして、情報がかなり漏れていたといいます。また、オランダ人商館長と通詞が結託して幕府が知ると都合の悪い情報が握りつぶされることもあったとか……。幕府、各藩、海外勢、出島を拠点に激しい情報戦が繰り広げられていたのですね。

 

旗本の身辺調査のため吉原通いまで洗い出していた目付や、探検家にして隠密だった普請役、犯罪取締のほか経済の動向も探っていた同心など、幕府の情報ネットワークを担う役職が章ごとに紹介され、表向きの仕事と裏側の任務がわかりやすく解説されているのが本書のポイント。

 

東大名誉教授の本と聞くとお堅いイメージが浮かびますが、歴史資料に基づきながら、間宮林蔵や遠山の金さんなど有名人物が果たした裏の役割にも触れられていて、読者の興味を引くトピックスが並んでいます。いつの時代も情報を制するものが勝者となる。歴史の影の部分を覗いてみませんか?

 

 

【書籍紹介】

インテリジェンス都市・江戸 江戸幕府の政治と情報システム

著者:藤田 覚
発行:朝日新聞出版

インテリジェンスを制する者が国を治める。徳川260年の泰平も崩壊も極秘情報をめぐる暗闘の成れの果て。将軍直属の密偵・御庭番、天皇を見張る横目、実は経済スパイだった同心──近世政治史の泰斗が貴重な「隠密報告書」から幕府情報戦略の実相を解き明かす。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。