人は皆、自分の未来に夢を託しているものでしょう。とりわけ、子どものころは、実現できるかどうかなどおかまいないしに、自由自在に夢を描くものなのではないでしょうか。その証拠に「大きくなったら、百獣の王ライオンになる」と、張り切る男の子に会ったことがあります。鼻の穴をふくらませて張り切る顔を見ると「それは、DNAからいって厳しいよ」などと野暮な対応はできません。そうかと思うと、「堅実な仕事がいい。パパは自由業で不安定ですから」と、真剣な顔で答える子どももいます。どちらがよくて、どちらが悪いということはなく、描く夢はそれぞれだということでしょう。

 

バレエに魅せられた馬

『バレエをおどりたかった馬』は、田舎で暮らしている馬が、旅するバレエ団に出会ったことをきっかけとして、バレエに夢中になり、自分も踊りたいと願うようになるお話です。馬はそれを夢みるだけには終わらせず、現実に自分で道を探し、バレエ学校に入る決心をします。けれども、馬が住んでいる田舎にはバレエ学校はありません。そこで、生まれて初めて列車に乗り、町へ行くことにします。仲のいいぶたやひつじやめんどりと別れるのはつらかったのですが、それでも、バレエ学校に入りたいという思いを抑えることはできませんでした。

 

馬の体は列車には大きすぎたようで、背中が半分、外にはみだした状態で列車に乗りこみます。車掌さんはその姿を見て、料金を半額にしてくれました。体が半分しか乗っていないからというのが、その理由です。けれども、実は、車掌さんは心の中で、馬の冒険を応援していたのかもしれません。

 

無事、町に到着した馬は、オウムを水先案内人として、バレエ学校に到着します。運良くひとり分空きがあったので、入学を許可されました。けれども、レッスンは困難の連続となりました。

 

でも、馬にとって、足をうごかすのは、そうかんたんではありません。足が四本あるので、ほかの子たちのようにはいかないのです

(『バレエをおどりたかった馬』より抜粋)

 

やはり、馬がバレエを踊るのは無理なのでしょうか。一緒に練習している女の子にも「馬のにおいがして、くさいんです!」と、文句を言われます。けれども、仕方がありません。馬は馬なのですから、馬のにおいがするのです。一方で、女の子達も無臭というわけではありません。汗や降水やカビや練習着や足の指のあいだから、人間特有のにおいが立ち昇っています。馬は馬であり、人は人であるという宿命から逃れることはできません。

 

馬、バレエ学校に通う

困難をのり越えて、馬は馬のまま、レッスンを続けます。そして、次第に、女の子たちとも仲よくなっていきました。バレエ学校に入学し、ひと安心した馬ですが、まだすべきことが残っていました。下宿先を探すことです。「馬が下宿ですって? そんなことできるはずがないでしょう?」と、思うかもしれません。けれども、馬には人を動かす力があるようです。無事に部屋が見つかり、親切な大家さんに、お茶によばれるまでになるのでした。

 

その後も馬は必死で、レッスンを続けます。そして、とうとう卒業式の日を迎えることができました。それだけでも、うれしいことですが、もっと大きな幸運が馬を待っていました。なんと最優秀賞の生徒として表彰されたのです。馬はうれしくて、大粒の涙をこぼしてしましました。けれども、喜んだのもつかの間。その後も多難な日々が続きます。バレエ劇場で躍ろうと考えるのですが、「馬だから」という理由で、雇ってもらえないのです。

 

大家さんとその友達は、がっかりしている馬を力づけようと、久しぶりに楽器を取り出し、バレエにあわせて演奏してくれました。実は、大家のグレーネさんは、若いころ、町のオーケストラでピアノを演奏していたのです。友人のブッケさんはフルートの担当、シェールさんはバイオリニストでした。3人は長いことしまってあった楽器を取り出し、馬のために一生懸命、演奏します。そして、……。

 

結末は書かないでおきましょう。馬が次に何をするのか、どこへ向かうのか、ご自分で確認していただきたいからです。

 

無理だと決めつけないで

『バレエをおどりたかった馬』の著者は、ハーラル・ストルテンベルグ。ノルウェーのオスロに生まれたジャーナリストです。シナリオライターでもあり、俳優、声優としても活躍しています。

 

馬がバレエを躍るなんてことはあり得ない。そう思ってしまうと、この物語は単なる絵空事に終わってしまいます。けれども、馬だってやる気さえあれば、バレエ学校に入ることもできるし、優雅な踊りで人を感動させることもあり得ます。そのことを『バレエをおどりたかった馬』は教えてくれます。

 

どんなに意地悪されても、負けない心を持ってさえいれば、人も馬も、あり得ないことを可能にし、夢を実現させることができるのでしょう。最初から、自分には無理だと決めつけてしまうと、せっかくの可能性を投げ捨ててしまうことになります。その意味で、この本は、単なる童話ではなく、人生の指南書のような意味を持っています。「馬にバレエなんて無理」と、決めつけていては、進歩はありません。

 

それに、馬は絶対にバレエを踊ることはできないと言い切ることはできません。以前、ジンガロというパフォーマンスを見たことがあります。人間と馬が一体となって繰り広げる騎馬芸術ですが、あまりの美しさに、私は圧倒され、終わった後もしばらく席を立てないほどでした。そこにあるのは、馬と人が主人公のオペラであり、バレエであったからです。何ごともあきらめない態度、それが驚きの美しさを生み出し、驚きのパフォーマンスとして炸裂したのでしょう。だから、今もなお、馬はバレエを踊ることができると、私はそう信じているのです。

 

【書籍紹介】

 

バレエをおどりたかった馬

著者:ハーラル・ストルテンベルグ
発行:福音館書店

田舎で何不自由なく暮らしていた馬が、ある日突然、バレエの美しさにとりつかれ、町のバレエ学校へ入学します。慣れない町の生活。厳しいレッスン。でも、とうとう、心優しい大家さんをはじめとする人々の善意に支えられ、みごと優秀な成績で卒業です。しかし……。バレエを踊りたいという、ちょっとヘンな馬をめぐって、人と動物の善意と友情を描いた、ほのぼのと、心温まる愉快なお話。

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