パスカルという名も、『パンセ』という書名も知らなくても、”人間は考える一本の葦である”というフレーズは誰もが聞いたことがあるだろう。これは『パンセ』の中で一番有名な断章で、人間は葦のように弱い存在ではあるけれど、考えることによって宇宙をも超える。つまり、よく考えるよう努力する、そこに道徳の原理があると説いているのだ。

 

さて、今日紹介する『『パンセ』で極める人間学』(鹿島茂・著/NHK出版・刊)を私が手にしたのは、その帯に書かれた一文に引きつけられたからだ。そこにはブレーズ・パスカルのイラストにふきだしで「人間の不幸の原因はたった一つ。部屋の中にじっとしていられない。これにつきる」とあった。この言葉の真実性は、世界中の人がコロナ禍で蟄居を余儀なくされ、強く感じたこと。これは今こそ読まなくてはと思ったのだ。

「パスカルの定理」から「パンセ」まで

本書の著者であるフランス文学者の鹿島先生によると、パスカルはモーツァルトに似ているという。パスカルは父親によって英才教育を受け、わずか12歳でユークリッドの「幾何学」を独学で理解、16歳で『円錐曲線試論』を執筆、これは「パスカルの定理」と名付けられた。その後も数学、物理学において数々の発見、発明を成し遂げ天才の名をほしいままにした。

 

しかし、28歳のとき父親を亡くし、大きなショックを受け、人生の方向転換を余儀なくされた。パスカルはショックから立ち直るために、抽象的な学問の研究ではなく、「人間の研究」をしようと決意し、社交界に出入りするようになる。社交界でオネットムと呼ばれる知性や教養を兼ね備えた人々との交際を通じで人間とは何かを知ろうとつとめたのだ。

 

自分が没頭してきた抽象的学問に人々がほとんど興味を示さないことに最初は驚きましたが、すぐに自分が例外であったことに気づき、人々の無知を許しました。しかし、それならば抽象的学問に興味を示さない社交界の人々が人間について自分よりも多くを知っているのかと観察したところ、人間について研究を行う人は抽象的学問に興味を持つ人間よりもはるかに少ないことを知っておおいに驚いたのです。

(『『パンセ』で極める人間学』から引用)

 

パスカルの人間研究の集大成は、彼が短命だったため書物として残すことはできなかった。しかし、遺稿を集め出版されたのが『パンセ』で、数々の箴言は時を超え、現代人を導いてくれるのだ。

 

14章からなる新『パンセ』考

鹿島先生による『パンセ』の読み解きは全14章からなっている。

 

第1章 ようこそ、『パンセ』の人間学へ
第2章 人は気晴らしなしでは生きられない
第3章 すべては「ドーダ」で理解できる
第4章 とにかく自分のことが好き!
第5章 人間は奇妙なオルガンである
第6章 人は変わる? 変わらない?
第7章 人間は習慣によってつくられる
第8章 オネットムと言われるようになれ
第9章 想像力って素晴らしい!
第10章 現在に安住できないのはなぜ?
第11章 「正義」ってなんだろう?
第12章 人間は惨めで偉大な存在である
第13章 人間は考える一本の葦である
第14章 だから神は存在する

 

「気晴らし」が幸福の条件に

では、いくつかの箴言とその解説を抜粋してみよう。

 

個々の仕事をいちいち吟味しなくとも、気晴らしという観点から眺めれば、それだけで十分である。(断章一三七)

 

人間は、屋根葺き職人だろうとなんだろうと、生まれつき、あらゆる職業に向いている。向いていないのは部屋の中にじっとしていることだけだ。(断章一三八)

 

このふたつのフレーズは、今の仕事が自分に向いているのかどうか悩んでいる人にかみしめてほしい箴言だ。長引いたコロナ禍での巣篭もり生活では、みんな家の中での「気晴らし」を探していたはず。今はスマホもテレビもあるので、なんとか気晴らしは可能だったが、それらがない時代だったならば、どうだっただろう?

 

こんなことなら、どんなに辛い仕事でも、部屋でじっとしているよりははるかにましと感じたはずです。そう、部屋で気晴らしなしで蟄居することに比べたら、どんな仕事でも楽しく感じられてしまうのです。

(『『パンセ』で極める人間学』から引用)

 

人間のすべては「ドーダ」で理解できる

虚栄というものは人間の心の中に非常に深く錨を降ろしている。だから、兵士も、従卒も、料理人も、湾岸労働者も、それぞれ自慢ばかりして、賛嘆者を欲しがるのだ。(中略)そして、これを書いているわたしですら、おそらくは、そうした願望を持っているだろう。また、これを読む人だって……。(断章一五〇)

 

これは『パンセ』の中でも重要な断章で、しばしば引用される。人間の行動のほとんどすべてはこの「褒められたい」願望で解釈できるというのがパスカルの社交界観察の結果だった。

 

鹿島先生もこう記している。

 

「ドーダ、凄いだろう。おれ(わたし)を褒めてくれ。ドーダ、参ったか!」というところから、人間のすべてはこの「ドーダ」で理解できるとしたわたしのドーダ理論と完全に重なりますが、パスカルに言わせると私のこのドーダ理論もまた、理論の普遍性を褒めてくれと叫んでいるという点で、ドーダ理論の通りということになるのです。

(『『パンセ』で極める人間学』から引用)

 

戦争で人を殺すということは?

なぜわたしを殺すのですか? ━だって、あなたは川の向こう側に住んでいるではないのですか? 友よ、もしあなたが川のこちら側に住んでいるのだったら、わたしは殺人者になるでしょう。(中略)だが、あなたは川の向こう側に住んでいるのだから、わたしは勇者となり、そして、わたしの殺人は正しいということになるのです。(断章二九三)

 

ロシアによるウクライナ侵攻に当てはめて考えてみよう。「川」の代わりに「国境線」を置けば、たった今もこのような会話が交わされているのだろう。

 

戦争が起きるたびに、「戦争の大儀」ということが叫ばれますが、しかし、実態は、パスカルの言うように、戦争は「川の向こうに住んでいるから」という理由で「あなたを殺す」以外のなにものでもありません。

(『『パンセ』で極める人間学』から引用)

 

この他にも、聞いたことのある箴言が続々。悩める現代人を助けてくれる本書はいつも手元に置いておきたい。

 

【書籍紹介】

『パンセ』で極める人間学

著者:鹿島茂
発行:NHK出版

「100分de名著」でもおなじみ、博覧強記のフランス文学者が、西洋哲学の古典『パンセ』から、現代人にとって切実かつ魅力的な部分を抽出し、自身の訳と解説を施すことで、新たな箴言集、いわば『パンセ 人間学篇』を編み直す。読者が、パスカルの思想に触れながら、人間の二大苦悩である「自我」と「幸福追求」について、自らの答えに行き着くよういざなう、究極の哲学ガイド。

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『パンセ』で極める人間学