こんにちは、書評家の卯月 鮎です。世の中にはいろいろな職業があるもので、私の友人も獣医、気象研究者、薬剤師、マンガ家といろいろです。たまに会って話を聞くと、それぞれの仕事のイメージとはかけ離れた苦労話や独特の頭の使い方など、ビックリすることばかり。

 

かく言う私も、当たり前になっている業界の習慣が多くの人にとっては耳を疑う非常識……なんてケースもあるのでしょう(笑)。そのうちどこかで披露できたらと思います。

 

脳神経科学者の日常とは?

さて、今回は脳科学者の現実がわかる一冊『脳科学者の脳の中』(毛内 拡・著/ワニブックスPLUS新書)。著者の毛内 拡さんは、脳神経科学者でお茶の水女子大学基幹研究院 自然科学系助教。

 

「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、マウスの脳活動にヒントを得て、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を目指しています。著書には第37回講談社科学出版賞を受賞した「脳を司る『脳』」(講談社ブルーバックス)があります。

「来年の職がない!?」に涙の家路

本書の前半では、脳科学者としての日常が綴られています。馴染みが薄い研究者という仕事は謎に包まれていますが、実は「大半はごく普通の常識的なサラリーマン」と毛内さん。

 

毛内さんはもともと日本で唯一の自然科学の総合研究所である理化学研究所に勤めていました。当時、上司に「状況次第では、来年は雇用できないかもしれない」と心配されて、泣きながら家路についたこともあったとか。一時期一般企業への就活を行ったものの、逆に「研究はいつでもやめられる、やれるところまでやってみよう」と思えたそうです。

 

また、研究者と聞くと理屈っぽいイメージがありますが、それは徹底的に疑う「クリティカルシンキング」が叩き込まれているから。研究では思い込みは禁物。仕事の場では「今にも取っ組み合いの喧嘩が始まるのではないか」というくらい激しい議論が行われているそうです。

 

ただ、疑う癖がついた結果、テレビでコメントを求められた際も「その可能性は否定できない。ないとは言い切れない」と、歯切れの悪い言い方になってしまうとか。脳科学者だからといって、脳を巧みに使ったり、他人の脳を操ったりして上手に世渡り……とはいかないんですね(笑)。

 

第2章「脳の研究手法」では、脳科学の最前線で行われている研究手法が明かされます。顕微鏡技術の向上により、ミクロを越えてナノレベルの細胞の微細構造まで観察が可能になった現在。

 

しかし、その顕微鏡は数億円レベルの高価な機器となり、若手の研究者が使用できず、研究成果が得られないという問題も浮上してきているそうです。これについてひとつの解決策を提案している毛内さん……。資金と研究、動物実験の倫理の問題、脳と意識の関係性など。この章は考えさせられるトピックが詰まっていました。

 

博士課程の審査(自分の論文を審査員から守り抜くという意味で「ディフェンス」と呼ぶ)を終えた時の爽快感、研究しながら育児をする難しさ、売れないバンドマンのように思われている境遇。柔らかくウィットに富んだ文体で、研究者の喜びと葛藤を生き生きと伝えるエッセイ。お仕事ものとして共感できる部分も多く、親近感と未知との遭遇が同時に脳を満たす一冊です。

 

【書籍紹介】

脳研究者の脳の中

著者:毛内 拡
発行:ワニブックス

<脳研究者って、最先端でイケてるイメージだけど 実際のところはどうなの?> 本書は昨年『脳を司る「脳」』(ブルーバックス)で 講談社科学出版賞を受賞した大注目の脳研究者が、 自身の経験をもとに「研究者という生き物」の 生態を大公開します。 ・脳研究者って「脳みそ」を具体的にどう扱うの? ・実際、脳研究はAIに役立つの? ・定職に就くまで周囲に心配される? ・就職できても次の進路を心配している? ・イメージより研究費が少なくて大変? など、あまり語られない部分も すべてさらけ出す! 研究者という存在を身近に感じることで、 現代日本の科学力の現在地を知ることのできる一冊です。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。