活字を読んでいないと落ち着かないというヒトは、けっこう多いと思う。かくいう私もその一人で、どこへいくときも、バッグの中に本を入れる。重いし、やめようと思う日もあるのだが、一冊の本があれば、待ち合わせた相手が遅刻してきても気にならない。「お待たせしちゃって」の言葉に、にっこり笑って、余裕で応じることができる。時には、途中で本を閉じるのが残念で「もう少しゆっくりでも良かったのに」とこっそり思ったりしている。

サマセット・モームの素晴らしさ

そんな私が困るのが海外旅行だ。それでなくても、私は荷物が多く、スーツケースの中はぎっしりと物が詰まっている。荷物は最小限にと念じながら、文庫本を入れるのだが、行きの飛行機で早くも手持ちの本を読みあげてしまう。これではいくら本があっても足りない。海外では日本語の本は手に入りにくいし、あっても高い。仕方がないので、持ってきた鎮痛剤の効能書きを読んだりしながら時を稼ぐ。

 

おまけに、私は旅行中に長編小説は読みたくない。一度、ぶ厚い小説を持って出かけたことがあるのだが、あまり楽しむことができなかった。旅行中の時間は細切れで、読んでいる最中に飛行機の搭乗案内が聞こえてきたり、改札がきたりで忙しい。挙げ句の果てに、筋がこんがらかってしまい最初から読み直す羽目になる。

 

そんな私にとって、『コスモポリタンズ』(サマセット・モーム・著/筑摩書房・刊)は何にも優る旅の友だ。この本を携えるようになってから、イライラが減った。くり返し読んでも楽しむことができるからだ。

 

この作品は、英国人作家サマセット・モームが、雑誌「コスモポリタン」の編集長の依頼を受けて書いたものだ。サマセット・モームといったら、『人間の絆』や『剃刀の刃』などの長編小説で知られる著名な人物。私はスーツを買うために貯金していたお金で、モーム全集を買ってしまったモームファンだが、短編もさすがの出来映えである。

 

本の最後に小池滋による解説があるが、これも大変、面白く、わかりやすい。モームがどうして『コスモポリタンズ』を書くにいたったか、その経緯が紹介されている。

 

『コスモポリタン』の編集長は、当時売れっ子の大作家モーム先生にだけは、尻切れトンボにならない形で掲載するという特権を与えることにした。(中略)つまり、今日でいうところの「ショート・ショート(・ストーリー)」のはしりとでも言うべきものが、これらの短編小説集なのである。だが、口で言うのは簡単だが、実施にやってみれば、これがいかに難しい仕事かわかるだろう。

(『コスモポリタンズ』より抜粋)

 

高いスキルを持っているからこそ、読者を夢中にさせ、飽きさせず、何度読んでも面白い短編を書くことができる。モームがこれらの短編を雑誌に連載したのは、1924年から1929年の間である。つまり、彼が50歳から55歳までの、筆がさえわたる年齢のときであり、だからこそ、こうした粒選りの小説がそろったのだろう。

 

モーム自身もこの仕事を楽しんだようで、序文に極めて意味深い叙述を残している。

 

これらの物語を書くにあたって私の感じた困難というのは、私が語るべきことがらを、絶対に超過することを許されない語数以内に圧縮し、しかも読者にたいしては、語るべきものをすべて語ったという印象を残すことであった。だがこれは困難であったと同時に、ためにもなった。

(『コスモポリタンズ』より抜粋)

 

一番、好きな作品はというと

『コスモポリタンズ』には、29の物語が収められている。主人公は作家モームの分身であるような設定の者が多いが、登場する人物は様々だ。女性も男性も、お金持ちも貧乏人も、どうしていいかわからないほど多種多様な人々が、やりたい放題に暴れまくる。時には、読んでいて身がもたないと思うほどだ。

 

解説の小池滋は『社交意識』という短編を一番好きな作品として取り上げている。それを知り、私は「う、さすが」と、思った。最初の部分に仕込まれた伏線が、最後に地味に爆発する仕掛けが、なんとも言えない風合いを醸し出す。誰でも書けるようでいて、フランス小説に詳しいモームでなければ書けない短編だろう。

 

私も『社交意識』は好きだが、もっと好きな作品がある。それは『会堂守り』だ。主人公のアルバートエドワード゙・フォーアマンなる人物が魅力的で、彼が陥る窮地が自分のことのように思えてくる。

 

エドワードは16年もの間、教会で会堂守りとして働いていた。牧師を助け、洗礼式を行う手伝いをしたり、お茶を出したり、椅子を並べたりと、あらゆる雑用をしてきたのである。今までもそうであったように、これからも同じ毎日が続くだろう、エドワードはそう思っていた。ところが……。

 

穏やかな日常は、新任の牧師の言葉で危険にさらされる。牧師はエドワードが読み書きができないことを問題視し、これからでも遅くはないから、読み書きの勉強をするようにと命じるのだ。しかし、60近い彼にとって、それは無理な注文であった。それに、今まで読み書きなどできなくても、なんら不都合なく、会堂守りの仕事を続けてきたのだから、何をいまさらと思うのも当然だ。

 

困惑したエドワードは、とりあえず、教会を出て、外の通りを歩き出した。心を落ち着かせるため、煙草を吸いたくなったからだ。ただ、あいにく持ち合わせがなかったので、煙草屋を探して歩くのだが、通りの端まで行っても見つからない。普通なら万事休すとなることろだが、そこはモームの創りこむ人物。そんな簡単には終わらない。そして迎えるエンディングに、短編小説の見事さを感じないではいられない。

 

他にも『ランチ』『物識先生』『蟻とキリギリス』など、うむむとうなる物語が並ぶ。29編を一気に読むのもいいし、1日に1作品と決めて、大事に読むのも楽しい。読書の秋とはいうけれど、私にとって、『コスモポリタンズ』は、秋だけではなく、いつも持っていたい1冊だ。

 

【書籍紹介】

コスモポリタンズ

著者:サマセット・モーム
発行:筑摩書房

舞台は、ヨーロッパ、アジアの両大陸から南島、横浜、神戸までー。故国を去って異郷に住む“国際人”の日常にひそむ事件のかずかず。コスモポリタン誌に1924〜29年に連載された珠玉の小品。

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