こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「病は気から」なんていいますが、知り合いの息子さんは運動神経は悪くないものの、人と競うのが苦手。運動会やマラソン大会、プールの記録会のときは、必ずといっていいほど器用に熱を出してお休みになるそうです。「この特殊な能力を何かに活かせないかしら」とお母さんは言っていましたが(笑)、人間の体って不思議ですね。

脳神経科学者がひもとく心と脳の関係性

 

さて、今回紹介するのは、心とは何か、脳と心はどういう関係なのかをひもといていく新書『「気の持ちよう」の脳科学』(毛内 拡・著/ちくまプリマー新書)。著者の毛内 拡さんは脳神経科学者。お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系助教で、同大学で生体組織機能学研究室を主宰しています。専門は神経生理学と生物物理学。著書に講談社科学出版賞を受賞した『脳を司る「脳」』(講談社ブルーバックス)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックスPLUS新書)などがあります。

心を走らせるハードウエアとしての脳

「はじめに」で、「心の病は、心の弱さのせいではない」という毛内さん。この本では、脳のなかの化学物質の相互作用が生み出す複雑な“心のはたらき”を取り上げています。

 

重要なのは脳に対する科学的理解ということで、第1章「心ってどんなもの?」では脳の研究の歴史、第2章「脳ってどんなもの?」では一般的な脳の働き、第3章「心を生み出す脳のはたらき」では心を生み出す脳のしくみが解説されていきます。

 

「脳は心というソフトウエアを走らせるためのハードウエア」といった具合にイメージしやすい表現が並び、脳というブラックボックスの中身が次第に見えてくるのが本書の面白さ。「ちくまプリマー新書」らしい、学生にも大人にも開かれた脳の入門書となっています。

 

私が感心したのは、「触った」などの知覚を脳に伝える神経細胞について。その伝達速度は毎秒100m(時速360km)と最新鋭の新幹線と同じなのだそう。電気信号が一気に伝わる「跳躍伝導」と呼ばれる神経のはたらきにより、私たちは瞬時に物事を考えたり判断したりできる……。こうした体と脳のしくみを知れば知るほど、その優れた機能に驚かされます。

 

個人的に参考になったのは第5章「心を守る心のはたらき」。ポジティブな情動を生み出す「報酬系」のメカニズムがテーマです。高揚感とさらなる報酬への期待をもたらす脳内物質「ドーパミン」によって、人間は冒険心をかき立てられ、長期的な計画を立てるなど、ある意味人間らしさの源となっているとか。しかし、ドーパミンの強い作用により、一定の行動をせずにいられない状態が引き起こされ、ゲームのガチャを何回も回すなど理性のたがが外れてしまうことも……。

 

このあとの章では、傷ついた心を癒やし、未来に向けて前向きな行動をするにはどのような工夫をすればいいのか、脳研究者の見地からのアドバイスがあり、心がもやもやしている人にも役立ちそう。重要なのは「自己肯定感」よりも、自分が意図した通りに影響を及ぼしている実感「自己効力感」と毛内さん。「自己効力感」という言葉、覚えておくと良さそうです。

 

最新の脳科学の内容を交えつつも、ソフトな文章で丁寧に解説されているのも本書の長所。「心ってなんだろう?」。そんな疑問を持つあなたにとって、目からウロコの一冊になるかもしれません。

 

【書籍紹介】

「気の持ちよう」の脳科学

著:毛内 拡
発行:筑摩書房

調子が悪いとき、「気の持ちよう」などと言われることがある。だけど心のはたらきは、実は脳が生み出す生理現象に過ぎない。あいまいで実体のなさそうな心を「脳科学」から捉えなおして、悩みにとらわれすぎない自分になろう。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。