「ある者は生まれてすぐにッ、ある者は父親のゲンコツにッ、ある者はガキ大将の腕力にッ、ある者は世界チャンピオンの実力に屈して、それぞれが最強の座をあきらめ、それぞれの道を歩んだ。医者、政治家、実業家、漫画家、小説家、パイロット、教師、サラリーマン。しかしッッッ、今夜あきらめなかった者がいるッッ。偉大なバカヤロウ2名!!! この地上で誰よりもッ、誰よりもッ、最強を飢望(のぞ)んだ2名、決勝(ファイナル)!!! 両者入場!!!」

 

どうも皆さんこんにちは。人生のどこかで最強の座をあきらめ、小説家に転じた男、谷津でございます。

 

わたしは男性ではあるものの、腕っ節に自信がない。が、『刃牙』シリーズの登場人物、徳川光成が高らかに謳い上げたこの台詞は、心の中でいやに残響し続けている。反マチズモ的な現代社会の潮流にどこかほっとしているわたしもいるのだが(なにせ、マチズモゴリゴリな世界線に放り込まれたら、わたしは淘汰される側の人間である)、その反面、ゴリッゴリの超雄(ちょうオス)世界に憧れるもう一人のわたしが、光成の宣言に対して両手を挙げ、快哉を叫んでいるのである。

 

わたしは『刃牙』シリーズのファンである。主人公範馬刃牙とその父にして地上最強の生物、範馬勇次郎の相克を縦糸に、様々な豪傑、武芸者、強者が己の最強を信じ、自らの技や体を練り、まだ見ぬ強敵に挑み絆を育む展開を横糸に織り上げた本作に、毎度ハラハラさせられている。

 

と、『刃牙』シリーズの魅力を熱く語ってしまったが(まだまだ語りたいことは沢山あるのだが)、そろそろ本題に入ろう。

 

『刃牙』と『四字熟語』−–”オス”を感じる両者のコラボ

超雄格闘漫画『刃牙』シリーズの四字熟語本、という、盆暮れ正月と共にゴールデンウィークがやってきたような本が刊行された。『刃牙に学ぶ地上最強四字熟語』(五百田達成・著/Gakken・刊)である。

 

四字熟語に雄を感じるのは、わたしだけだろうか。いや、わたしだけかもしれないが、四字熟語を前にすると、バッキバキに体が仕上がった男のイメージが頭を掠める(我ながらおかしなシナプス回路をしているとは承知している)。タイトルを拝見した瞬間から、濃厚な雄感にビビり散らかしていたのはここだけの話であるが、いざ読み進めると、「濃厚な雄感」どころではない、源泉掛け流しの雄感満載の内容に脳内麻薬(エンドルフィン)がドバドバあふれ出たのであった。

 

そもそも『刃牙』シリーズは、一枚絵の破壊力が凄まじい作品である。そこに四字熟語がはめ込まれることで、様々なシナジーを起こしている。

 

四字熟語は格好いいものである。かつて「仏恥義理」、「愛羅武勇」などとオリジナル四字熟語を作り、特攻服やバイクなどに書き入れるヤンキー文化があったそうだが、こうした文化が興るのも、四文字の漢字で構成される言語に、根源的な格好良さが備わっている証左だろう。

 

そうした四字熟語と、恰好いい男が多数登場する『刃牙』シリーズは相性がいいのである。仮にそれが、「草木皆兵」(P89)、「嚮壁虚造」(P108)、「自縄自縛」(P135)といったマイナスの意味を持った言葉や、「柔軟体操」(P132-133)や「名実一体」(P205)といった、比較的フラットな意味を持つ言葉であったとしても、である。むしろ、そういう言葉であればあるほど、四字熟語の持つ根源的な格好良さが際立つとすらいえる。

(C)板垣恵介(秋田書店)1992

 

彼らは「四字熟語」でこそ修飾されるべき存在だ!

また、本書は、四字熟語本としての魅力とは別に、『刃牙』シリーズの批評本としての側面も有している。

 

一生懸命(これも四字熟語だ)に戦う人々の姿は、格好がいい。だがその一方で、一生懸命さには一抹のおかしみが滲むものである。実際、本編においても、「最強を目指す」男たちの夢に対し、ある人物が強烈なカウンターパンチを食らわせ、地上最強という本作の是を相対化してみせるシーンが存在するように、本書もまた、四字熟語本の形で、ストイックで男臭いばかりではない『刃牙』世界の魅力を引き出している。例えば、「雲泥万里」からの「全力投球」(P98-101)には笑わされてしまったし、「自暴自棄」(P56-57)、「猪突猛進」(P136-137)などは、本編では違和感がなかったのに、本編の文脈から切り離された瞬間、ある種のシュール味に気づかされる。

(C)板垣恵介(秋田書店)1992

 

(C)板垣恵介(秋田書店)1992

 

もちろん本書は「おかしみ」だけを取り上げているわけではない。「無念千万」(P86-87)、「一意専心」(P96)、「画竜点睛」(P94-95)など、『刃牙』シリーズの人気キャラクターの核に迫るシーンの紹介にも余念がない。本書は、四字熟語という切り口から、『刃牙』シリーズの諸エッセンスを掘り起こした批評本でもあるのである。

(C)板垣恵介(秋田書店)1992

 

何より、本書は『刃牙』シリーズ一番の魅力である「シンプルさ」を体現している。地上最強の父を超える。そんな望みを胸に抱いたがために、地上最強を目指さざるを得なくなった範馬刃牙は、日々自らを鍛え上げ、敵と対峙し、新たな技を磨いていく。虚飾を削ぎ落とし、ただ「最強」の二文字のために生きる刃牙は、日々、へらへらと追従笑いしながらのんべんだらりと生きているわたしたちの対極にある、シンプル極まりない存在である。そう考えると、四字熟語もまた、余計なものを削ぎ落とし、ただただ一つの意味を有した言葉としてそこにある、唯一無二の存在である。

 

『刃牙』シリーズの登場人物たちは四字熟語でこそ修飾されるべき存在なのである! そんな真理を発見したこと、これこそが本書一番の功績かもしれない。

 

『刃牙』ファンは「こんなシーンがあったなあ」と楽しめることであろうし、『刃牙』を履修していない皆さんにおかれては『刃牙』世界への入り口になる、地上最強の四字熟語本なのである。

(執筆:谷津矢車)

 

【書籍紹介】

刃牙に学ぶ 地上最強四字熟語

著者:五百田達成
発行:Gakken

連載30周年を迎えた板垣恵介先生の大人気格闘漫画、「刃牙」シリーズ。「最強をめざしたい!」格闘好きのファンから、熱い支持を受け続けている。選りすぐった「ファン垂涎の名シーン」とともに、日常使いの四字熟語から難読四字熟語まで、楽しく読み進めるだけで知らず知らずのうちに「地上最強の語彙力」が身につく一冊が完成!

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