こんにちは、書評家の卯月鮎です。人類はどうにかコロナ禍を乗り切った感がありますが、今回思ったのは、これからも下手したら人類滅亡のような危機は起こりうるということ。我々は決して安泰ではなさそうです。

 

未曾有の危機に陥ったときに重要になるのは人間力。パニックを起こして固まってしまうのか、それとも苦しい状況だからこそ力を発揮できるのか……。振り返るとコロナ禍は、そうした人の本質が試された時期だったと思います。

 

医師・ウイルス学者がパンデミックでの奮闘を語る

さて、今回紹介する新書は『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。』(古瀬祐気・著/中公新書ラクレ)。著者の古瀬祐気さんは、医師・医学研究者で東京大学教授。病院での診察、大学での研究、行政機関でのコンサルトなど立場を変えながら感染症の諸問題に取り組んでいます。共著作に『新型コロナウイルス感染症―課題と展望―』(法研)、『ネオウイルス学』(集英社新書)などがあります。本書は医療ポータルサイト「m3.com」での連載を加筆修正したものです。

ウイルスと戦う前にすることは?

本の表紙に書かれた「感染症専門家・東京大学教授」という肩書を見ると、「もしやお堅い本かな?」と構えてしまいますが、その感触はまるで海外冒険記やビジネス奮闘記!

 

それもこれも型にはまらない古瀬さんならではの魅力でしょう。“中2病をこじらせていた”医学生のときに音楽活動にハマり、自分の周りの環境を変えてみようと休学してフィリピンへ感染症の研究に行く。そして、なんと医学部卒業前に論文を9本書いて博士号を取得! 卒業後は千葉県で小児科の研修医になるも、オファーを受けて悩んだ末にアメリカへ……。

 

一箇所に留まらず、ひたすら前進する古瀬さんの歩みは、連続ドラマにしたら毎話盛り上がりそうです。「サンタクロースが感染症にかかっている状態でプレゼントを配ったときに病気をうつす確率」を計算する研究がイグノーベル賞候補になったというエピソードも秀逸です。

 

第1章「アフリカでエボラと闘う」は、古瀬さんが2014〜2015年に西アフリカで発生したエボラウイルス病の流行時に、WHO感染症コンサルタントとしてリベリアに派遣されたときの体験談。感染を恐れた現地の医師が国外へ逃げ、路上に遺体が転がる……。古瀬さんは検査チームのリーダーに指名されるも、具体的な業務内容の指示はなし。それどころか、政治的・経済的な理由などから検査データへのアクセスも容易ではなかったとか。

 

そこでまず古瀬さんが行ったのは、自分が仲間であると示すこと。現地の保健当局の担当者に会ったら昨日のご飯の話を始め、ときにコーラやビールをおごる。作成した資料は自分の名前を出さず、現地の人に華々しく発表してもらい、顔を立てる。それを繰り返しているうちに「こいつはデータを盗もうとしているわけじゃない」、きちんと対策のために役立てようとしていると評価され、信頼を得たのだとか。

 

本書の後半1/3では、新型コロナウイルスのクラスター対策班だったときの話も語られています。感染症の専門知識はもちろん、そのバイタリティと懐の深い朗らかな人柄で臆せず対応していく。いくらウイルスに詳しくても、病気にかかるのは人間。人と人とのつながりが重要なのですね。

 

ウイルスが伝播する仕組みや感染を広めない公衆衛生の考え方など、役に立つ知識もしっかり盛り込まれています。でも、それ以上に新しい世界へ踏み出す勇気をもらえる一冊。「迷ったら変化のあるほうに進む」。これが古瀬さんのモットーです。

 

【書籍紹介】

ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。

著者:古瀬 祐気
発行:中央公論新社

地元の医者は逃げ、インフラは停まり、遺体が道に転がる中、僕はリベリアに派遣された――引継ぎゼロ、報酬1ドルもなんのその!ウイルスでパニックになった世界を救う感染症専門家のドキドキ・アウトブレイク奮闘記。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。