自閉症の人が抗がん剤のロミデプシンをごく少量だけ服用すると「社会性の障害」といった主たる症状が改善するのでは、という考えはかねてから存在しましたが、マウスを使った新しい研究で、抗がん剤の少量投与が長期にわたって自閉症のマウスに効果を発揮することが示されました。

Social deficits in Shank3 -deficient mouse models of autism are rescued by histone deacetylase (HDAC) inhibition | Nature Neuroscience
https://www.nature.com/articles/s41593-018-0110-8

Autism's social deficits are reversed by an anti-cancer drug: Using an epigenetic mechanism, romidepsin restored gene expression and alleviated social deficits in animal models of autism -- ScienceDaily
https://www.sciencedaily.com/releases/2018/03/180312201647.htm

シナプスの足場タンパク質である「SHANK3」をコードするSHANK3遺伝子の変異は、自閉症や知的障害などと関連性があると見られています。今回の研究では、SHANK3遺伝子に変異のあるマウスに対して、3日間にわたってロミデプシンを少量投与する実験が行われたところ、効果が3週間にわたって持続したとのことです。この期間はマウスにとっての青少年期から青年期後半、つまり「社会スキル・コミュニケーションスキルを発達させる発達段階」にあたるものでした。短い投与期間で効果が持続するということが立証された今回の実験は、人間においても長期間の効果が見込める可能性を示唆しています。

研究を行ったニューヨーク州立大学バッファロー校の生理学・生物物理学教授であるZhen Yan氏は「現在、精神医学の治療で投与されている小分子化合物の多くは自閉症の主たる症状に効果を発揮しませんが、我々が行った化合物の少量投与は、副作用なしで、長期におよぶ大きな効果を自閉症に対して発揮することが示されました」と語っています。

Yan氏は2015年に「Shank3の欠乏は、認知や感情を制御するNMDA型グルタミン酸受容体の機能に影響し、ニューロンのやりとりを阻害する。この結果、自閉症の主たる症状として挙げられる社会性の障害などが起こる」という内容の研究を発表しており、今回の実験は、この研究をベースに行われたもの。研究者らは、ロミデプシンがエピジェネティクス機構を使って遺伝子発現に影響を与えるのではないかという仮説を立て、ごく少量のロミデプシンを投与するという実験を行ったといいます。


Yan氏は、自閉症における遺伝子の変異はクロマチンリモデリング因子が原因だと見ています。クロマチンリモデリング因子は、真核細胞内に存在するDNAとタンパク質の複合体「クロマチン」の構造を大きく変化させるものです。自閉症とがんにおけるリスク遺伝子の重複の多くはクロマチンリモデリング因子に関するものであることから、抗がん剤が自閉症の治療に役立つのではないかと考えられたとYan氏は語ります。ただし、自閉症は複数の遺伝子欠損を含むため、この治療法が「社会性の障害」に対して効果を発揮するには、ニューロンの伝達に含まれる数多くの遺伝子に影響を与えなければならないということが、今回の研究課題でした。ロミデプシンは、自閉症のマウスにおける抑制された200の遺伝子を復帰させることに成功したとのことです。

なお、研究を行うためにYan氏が設立した「ASDDR」というスタートアップは2017年の夏にアメリカ国立衛生研究所から77万ドル(約8200万円)の助成金を得ることに成功しており、研究者らは今後も自閉症の治療法開発を続けていくとのことです。
Photo by Hal Gatewood