日本の鉄道が世界に誇る「高い定時運行率」に慣れきってしまっていると、海外の鉄道を利用した時に「どれだけ電車遅れてるの!?」と驚いてしまうことがあります。中でも一日に多くの人が利用するニューヨークの地下鉄も運行の遅れが近年大きな問題になっています。その理由について鉄道を管轄するニューヨーク州都市交通局(MTA)は「利用者の急激な増加」を挙げていますが、実際にはその背景に「列車を迅速に走らせない仕組み」が隠されているとニュースメディアの「Village Voice」が論じています。

‘The Trains Are Slower Because They Slowed the Trains Down’ | Village Voice
https://www.villagevoice.com/2018/03/13/the-trains-are-slower-because-they-slowed-the-trains-down/

2014年の夏、ニューヨーク市地下鉄(NYCS)にインターンとして勤務していたPhilip Betheilさんは上司のDavid Greenbergerさんから、鉄道の運行を改善するためのレポートを作成するように指示を受けました。Betheilさんは上司と協力しながらひと夏かけてレポートを作成したのですが、そのレポートは外部には公表されず、内部に留め置かれる状態になってしまったそうです。

それから数年後、そのレポートを入手したというVillage Voiceは、そこにNYCSおよびMTAが抱える本当の問題が記されていたことを発見しました。市当局は地下鉄の運行に遅れが多発する原因について「利用者が多いこと」、そして「予算がないこと」を挙げていますが、そのレポートには地下鉄の遅延多発は、予算カットではなく人為的なものであることを示す内容が書かれているといいます。2018年の時点でもこのレポートは公表されておらず、Village Voiceの取材を受けたBetheilさんはコメントを拒否。そして上司だったGreenbergerさんからは何の返答も得られなかったとのこと。

MTAがこれまでに公表している報告書では、前述のようにニューヨークの鉄道が抱える問題は「大混雑」と「予算不足」に起因していると結論付けられています。しかしここにはあるカラクリがあり、巧妙に実際の姿が隠されているとのこと。その一つが、遅延の理由のデータに示されているといいます。

報告書では、列車運行に遅延が生じる最大の原因として、「容量不十分、駅滞在時間の長時間化、その他不明」という一括りにした項目が設けられているとのこと。しかし奇妙なのが、遅延の回数が全体的には増えていない(青)のに対し、この項目によって増加した遅延回数が2012年に比べて1400%も増加している(黄)ところにあります。言い方を変えると、他のほぼ全ては問題がないのに、この一括りの理由だけが地下鉄全体の遅延問題を引き起こしている、ということになるというわけです。

また、この状況はMTAが掲げる別の理由「大混雑」を導くことになります。2017年7月に行われた(YouTube)プレスカンファレンスの中でMTAのチェアマンであるJoe Lhota氏は、地下鉄が抱える最大の問題は「増加し続ける乗客の数」であるとしています。また、同年6月にはNew York Timesもニューヨークの地下鉄が抱える最大の問題が「超過密化」であるとする記事を掲載しており、地下鉄は「自身の成功と街の発展の被害者」であるという論調を展開しています。しかし、多くのメディアがこのMTAの主張をそのまま受け入れているのは、データがその内容を裏付ける形になっているためであるとVillage Voiceは指摘します。

また、MTAが自社のパフォーマンスをまとめた報告書類では、内部的に用いられていた「容量不十分、駅滞在時間の長時間化、その他不明」という項目が、外部に出される時には「過剰な混雑化」という言葉に置き換えられていることもわかっています。これについてMTAの広報担当者は「専門用語を用いないようにするため」と説明しているとのこと。このように、巧妙に印象を操作するような変更がいくつか加えられていることにVillage Voiceは疑問を呈しています。

MTAはこの「大混雑」を問題の根源としているだけではなく、救済策として導入した新しいシステムの効率性をよく評価させるための材料として利用しているとも見られています。ホームでの混乱を解消するために導入された「ホーム誘導員」によって一定の成果をあげたとニューヨーク市当局が公表していますが、実際には鉄道の利用者数は減少しているにもかかわらず、混雑に起因する列車の遅延回数は2年で50%も増加しているというデータがあるとのこと。さらに、New York Timesも「利用者が減っているにもかかわらず列車の遅延が増えている」ことを指摘する記事を掲載しており、その中ではMTAがシステムのトラブルをごまかすために過剰な混雑状況を利用しているとする論調が展開されています。


1995年、マンハッタン島からブルックリン地区に渡るウィリアムズバーグ橋で、ニューヨーク地下鉄のJ系統とM系統の列車が衝突し、J系統の列車の運転手と乗客が死傷する事故が起こりました。事故調査委員会は、この事故の最大の原因は死亡した運転手が居眠りしていたと思われることであると結論付けていますが、同時に信号システムの不備が存在することを指摘しています。この路線で使われていた信号機は、運転手が緊急停止信号に反応するだけの十分な時間を与えていないことが明らかになっています。

ある元運転手は匿名を条件に「あの事故以来、MTAは列車のスピードを落とさせている」と語っています。事実MTAは1996年4月、従業員に対して最高速度をそれまでの時速50マイルまたは55マイル(約80km/hまたは88km/h)から、時速40マイル(約64km/h)に変更することを通告しているとのこと。これはつまり、信号システムが列車のスピードに対応しきれないために、MTAは列車の運行そのものを遅くすることで事故を防ぐという手段を選択したということになります。

さらにMTAの内部文書によると、MTAは緊急停止システムの改変を行ったとのこと。それまでは、行く手前方に別の列車が存在する場合に赤信号が表示され、最終的に緊急停止装置が作動して列車は先行車から安全な距離を保った状態で停止。この時、再び列車の走行を開始するためには数分〜10分程度の時間を要し、運転手の運行履歴には緊急停止を行ったことが記録として残されます。

しかしウィリアムズバーグ橋での事故が起きてからは、この緊急停止システムが「先行列車の有無」だけではなく、「速度超過の有無」をも検知して動作するようになったとのこと。これは列車運行の安全を確保するために取り入れられた仕組みではあるのですが、それが逆に運転手に対して過剰に慎重な運転を強いているという側面が存在しているといいます。この仕組みは運転手の間で「ワンショット・タイマー」と呼ばれており、Facebook上にある運転手のコミュニティではこのワンショット・タイマーについて「ばかげている」とまで評する者も存在するとのこと。しかも、列車の速度計表示が実際とズレているケースが多いという実態が、この不満をさらに増大させているといいます。


2015年、ニューヨーク市交通局のトップだったロニー・ハキム氏は、当時の同局のスローガン「Safety, Service, Speed, Smiles」の中に「スピード」が含まれていることについて尋ねられた時に、「人々が安全であることよりもスピードを優先することにプレッシャーを感じることにならないか懸念しています」と、スピードを犠牲にしてでも安全性を高める旨をインタビューで語っています。しかし、あるベテラン運転手はこの方針について疑問を投げかけているとのこと。この人物は、「MTAはもはやスピードについて何も考えていないようだが、実際には優秀なマネージメントさえあれば安全を犠牲にすることなく十分にスピーディーな運行を行うことは可能だ」と語っています。

実際に、ニューヨーク地下鉄よりも効率良く運行を行っている例として、東京の地下鉄の例が挙げられています。東京では1日に800万人が地下鉄を利用しており、これはニューヨークよりも200万人多い規模となっています。世界的にも(YouTube)東京の地下鉄が混雑していることは有名ですが、それでもその定時運航率は99%に達し、しかも安全面でも高いパフォーマンスが確保されています。これを実現している要因としては、高い自動化率にあると論じられています。ニューヨークでは安全を確保するために「ワンショット・タイマー」を導入して速度を落とさせるというアプローチが採られていますが、一方の東京では運行管理システムを研ぎ澄ませることで、状況が許す時は運転手に対して可能な限りスピードを上げさせる仕組みが構築されています。

このように、MTAの運転手は日々の運行をより効率良く進めたいと感じているのに反して、実際にはさまざまな障害が待ち構えている模様。あるニューヨークの運転手はVillage Voiceに対して、毎日感じているフラストレーションは乗客が抱えているものと同じで、「なんとか仕事を進めようとしているのに、それを邪魔しようとすることがいくつも襲いかかってくる」と語ったそうです。


Photo By Jörg Schubert