Nature(ネイチャー)などの学術誌では毎年さまざまな学術論文が掲載されていますが、AI関連の研究分野として注目を集める機械学習に関する研究論文は、無料で誰でも使えるオープンアクセスジャーナルなどで公開されるケースが多いものです。なぜ有料で購読する必要のある学術誌などではなく、無料で誰でも読めるオープンなプラットフォーム上で公開されるケースが多いのかについて、シェフィールド大学で機械学習の教授を務めるニール・ローレンス氏が説明しています。

Why thousands of AI researchers are boycotting the new Nature journal | Science | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/blog/2018/may/29/why-thousands-of-ai-researchers-are-boycotting-the-new-nature-journal

200年以上前、天文学者のジュゼッペ・ピアッツィは歴史上で初めて小惑星を発見しました。ピアッツィは友人のフランツ・フォン・ザック宛に手紙を書き、小惑星の発見を伝えます。その後、ザックはヨーロッパ各地の天文学者にピアッツィの手紙を複製して送り、各地の研究者に小惑星の存在を伝えましたが、当時はインターネットのような一瞬で世界中に情報を伝える手段が存在しなかったため、ケレスの存在が広まるには長い時間がかかりました。また、ピアッツィの発見が広まった時点で既に小惑星は太陽の光の中に消えてしまっていたため、事実を確認することができないという問題もあったそうです。

そんなピアッツィの危機を救ったのが、ドイツ人天文学者のカール・フリードリヒ・ガウスです。ガウスはケプラーの法則を惑星運動に応用することでケレスの軌道を予測し、ケレスの再発見を手助けしました。この出来事からピアッツィとガウスは親交を深めており、お互いの学びを自由に分かち合っていたそうです。そして、ザックが担った「論文を広める役割」に対して成果を支払う必要性を感じたそうで、これが「非公開の論文を(有料読者などの)一部に公開する」という一般的な学術誌で採用されるモデルの始まりへとつながっていった、とローレンス氏は記しています。


「近代的なデータ」はガウスたちにとっては惑星の観測データなどでしたが、機械学習の分野においては医療画像・音声言語・インターネットデータなどです。そして、この「近代的なデータ」を用いることで、最新の診断システムや音声認識システム、自動運転カーの高度なマシンビジョンなどが開発されており、機械学習はAI開発を支える背骨のようなものだとローレンス氏。つまり、機械学習に関する論文は最先端の技術を開発するためには必要不可欠なものであるとローレンス氏は主張しています。

そんな機械学習分野で活躍する研究者たちにおいて、閉鎖的な出版モデル、つまりは一般的な学術誌に研究結果を掲載することの必要性を見いだしている人は少ないそうです。それどころか、現代ではインターネット経由で自由に利用できるオープンアクセスジャーナルなども存在するため、無料で研究結果を公表している研究者も多く、一般的な学術誌で採用されている「有料で論文をチェックする」という形は時代遅れであると感じている人も多いとのこと。


機械学習の研究資金は政府などから支払われているケースも多々あり、つまりは国民が支払う税金が研究資金になっているということを意味します。税金が研究資金となっているのなら、その成果を読むためにお金を支払うというのは不思議な構造だ、とローレンス氏。加えて、機械学習という分野は「学術分野が商業出版社の関与なしに生き残り、成功することができることを実証した数少ない分野」であるとのこと。

しかし、出版社が「機械学習の論文公表プラットフォーム」という市場への参入を妨げられているかといえばそうではなく、機械学習分野の研究論文などを掲載する「Nature Machine Intelligence」などが既に存在します。

Nature Machine Intelligence

アイデアを共有するためのオープンなプラットフォームが既に確立された感のある機械学習分野において、Nature Machine Intelligenceのような有料の学術誌の登場は憂慮すべき事態とは必ずしもいえません。有料の学術誌などは研究論文の質を担保するために利用されることがあり、例えば自身の研究結果を広くアピールしたい場合、有名学術誌に論文を掲載することは大きな助けとなります。しかし、学術誌はあくまで論文の販売代理店であり、論文を書いているのは研究者。その質も研究者に依存することとなる、とローレンス氏は指摘。つまり、質が伴っているのなら有料の学術誌などに論文を掲載する理由はないと主張しているわけです。

さらに、ローレンス氏は「我々の研究コミュニティの多くは、Natureのようなブランドは学術的な質が貧弱な場合の担保として利用されていると考えている」と語っており、有料学術誌が機械学習分野に侵食しつつある現状を否定的な目線で捉えています。

こういった考え方はローレンス氏に限ったものではなく、有力な研究者も含む3000人以上の研究者たちが、有料の学術誌である「Nature Machine Intelligence」にAIや機械学習に関する論文を掲載することを拒否する声明を出しています。

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Photo by Franck V.