レオナルド・ダ・ヴィンチは、絵画の才によってモナリザを生み出し「史上最高の画家」と呼ばれているだけでなく、音楽、建築学、数学、幾何学、天文学、地質学、物理学など幅広い分野で同時代の人間を圧倒する業績を残して「万能の天才」と呼ばています。そんなダ・ヴィンチの「液体の研究」に焦点を当てた記事をNatureが公開しています。

Leonardo da Vinci’s laboratory: studies in flow
https://www.nature.com/articles/d41586-019-02144-z

今回のNatureの発表は、オックスフォード大学で美術史の名誉教授を勤め、ダ・ヴィンチの遺した芸術・研究の視覚化にかけて世界でも有数の人物であるマーティン・ケンプ氏のレオナルド・ダ・ヴィンチ手稿に関する論文が元で、液体の表現に関するダ・ヴィンチ自身の「科学的研究」に焦点を当てています。


レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿とは、ダ・ヴィンチがその生涯で40年以上にわたって自身の研究結果や洞察を書き綴ったノートです。ダ・ヴィンチ手稿の3分の2は失われたとされていますが、いまだに約5000ページが現存しており、その内容に関する研究は続いています。今回ケンプ氏が研究したのは「レスター手稿」と呼ばれるダ・ヴィンチ手稿の一部です。レスター手稿には太陽から地球・月に照射される光の研究も一部記載されていますが、その大部分は、流体力学の前身となる水の流れ・動きを研究する学問分野水理学に関する洞察や実験が主です。

ダ・ヴィンチの研究分野の広大さと同様に、ダ・ヴィンチが行った水理学の研究もさまざまです。ダ・ヴィンチは実際の水流に関する詳細なスケッチを行ったり、そこから得られた数理モデルを構築したり、さらには実際に水流の実験も行ったりもしています。ダ・ヴィンチの橋の脚部に生じる水流のスケッチが以下。

レスター手稿には、陶芸家から横2ブラッキア(古代イタリアの長さの単位、2ブラッキアは約116cm)、縦0.5ブラッキア(約29cm)で底が平らな素焼きの桶を購入し、そこにガラスを取り付けて実験用の「タンク」を作成するという、実験に使う器具のためのメモが残されています。ダヴィンチは完成させたタンクに水を流し込みイネ科の植物の種を浮かべて、水流や渦に関する研究を行ったそうです。

以下は実際にレスター手稿に残された水流に関するスケッチやメモ書きです。レスター手稿は記事作成時点ではビル・ゲイツ氏が所有しています。

また、ダ・ヴィンチはレスター手稿に「川底で生じる現象は砂を使った簡単な実験で証明できる」とも書き残しており、地中海の湾と海を模した実験モデルを作り上げ、「ジブラルタル海峡が時間の経過とともに広がっていき、地中海はナイル側の一部になる」と予想していました。

ダ・ヴィンチの水流に関する研究は水だけにとどまりません。手稿によると、ダ・ヴィンチは心臓内の血流、特に三尖弁の動きに興味を持っていたそうです。三尖弁は心臓の右心房と右心室の間にある弁で、心臓の収縮・拡張に応じて閉じたり開いたりします。ダ・ヴィンチは「血流によって生じる渦によって三尖弁の開閉が引き起こされる」と看破し、実際にそれを証明ための実験器具の計画も立てていました。以下がその計画の画像です。

カリフォルニア大学の流体力学者モルテザー・ガリブは、ダ・ヴィンチの残した実験計画に基づいて3Dモデルを作成、三尖弁を閉じうる渦の存在を証明して、ダ・ヴィンチの洞察が正しかったことを示しています。

ダ・ヴィンチの研究はルネッサンス初期の時代においては独創的で、未来を先取りするようなものも多数存在しています。2019年はダ・ヴィンチの没後500年となる節目の年で、Natureは今回の記事の締めくくりとして「ダ・ヴィンチに関する研究は、いつだって驚くべきものなのです」と記しています。

Photo By Royal Collection Trust