1984年11月14日、人工衛星「ウェスター6号」を回収中のNASAのデール・ガードナー宇宙飛行士。ガードナー氏は命綱なしでの宇宙遊泳を可能にする、有人操縦ユニットを着用していました Image: NASA

1965年に人類史上初の船外活動(EVA)が行われてから、これまでに宇宙遊泳を経験した宇宙飛行士は数百名にのぼります。宇宙開発の歴史においてマイルストーンとなったミッションや、想像を絶する恐怖に見舞われたであろうトラブルなど、数十年の歴史において特筆すべき船外活動をまとめてみました。

人類史上初の宇宙遊泳

1965年、人類初の宇宙遊泳を行っているアレクセイ・レオーノフ Image: NASA

1965年3月18日、宇宙船「ボスホート3KD」の外に出たアレクセイ・レオーノフ宇宙飛行士は、歴史上で初めて宇宙遊泳を敢行した人物となりました。レオーノフが船外で過ごした24分近くのうち、12分間は宇宙遊泳に費やされました。この歴史的な偉業は人類が宇宙船の外で作業するのは可能だと示しましたが、トラブルがないわけではありませんでした。

8分ほど経った頃、レオーノフの宇宙服が手袋とブーツも含めて膨らみ始めたのです。エアロックに入れなくなるほど膨張してしまったため、彼は宇宙服内の気圧を命にかかわるレベルまで下げることに。彼は命を救ったであろう判断について、後年になって「他に選択肢がなかった」と語っています。

レオーノフは2015年に国際航空連盟が行った取材で、「調査部門からは自分がしていることを管制センターに逐一報告するようにとしっかり指示を受けていましたから、宇宙服内の気圧を下げるという判断であればなおさらです」と振り返っていました。「ルールを破って管制センターに報告しなかったのは、パニックが広まりたくさんの疑問が出てくる事態を回避するためです。結局のところ、あの状況では誰も私を助けられなかったでしょう」とのこと。

NASA史上初の宇宙遊泳

合衆国初の宇宙遊泳を行うNASAのエドワード・ホワイト宇宙飛行士、1965年 Image: NASA

レオーノフの宇宙遊泳からたった3カ月後の1965年6月3日、NASAのエドワード・ホワイト宇宙飛行士はアメリカ人として初めて宇宙遊泳をした人物になりました。ジェミニ4号のミッション中に行われた船外活動は、ハワイ近くの太平洋上空で開始され、23分間だったとか。ホワイトは船外へ出るのと宇宙空間の移動に酸素ガスを噴射するジェット・ガン(上の画像で手にしている機器)を使いました。

NASAいわく、「当初、ホワイトはジェット・ガンを使って三度、8m(26フィート)ある命綱の端まで推進しては宇宙船へと戻ってきていました」とのこと。「最初の3分間で燃料が切れてしまい、ホワイトは体を回転させ命綱を引っ張って移動したのです」

ホワイトは“ジップガン”(彼はこう呼んでいた)で調子に乗ってしまいましたが、幸いにも害を被ったわけではありません。ジェミニ4号の宇宙遊泳はレオーノフが行った宇宙遊泳ほど印象的ではありませんでしたが、船外活動中のコミュニケーション不足と開閉しづらいハッチなど、同様にいくつかの問題に見舞われています。

ホワイト氏と共にジェミニ4号に搭乗していたジェームズ・マクディビットは、「ハッチを閉じに行ったが、閉まらなかった。ロックできなかった」と1999年のインタビューで説明しています。暗闇の中でどうにかこうにか奮闘してようやく閉じることができたそう。マクディビット氏がハッチを閉じられたから、2人は再突入を経て生還を果たせたのです。

問題となったジェミニ9-A号

ジェミニ9-A号の船外活動を行っている、NASAのユージン・サーナン宇宙飛行士 Image: NASA

NASAの宇宙飛行士ユージン(ジーン)・サーナンが1966年6月5日に実施した3回目の宇宙遊泳と比べたら、最初の2回は簡単に思えます。このジェミニ9-A号では、サーナンが宇宙船の後方へ向かい、アメリカ空軍が開発した宇宙飛行士推進ユニット(AMU)またの名を“ロケット・パック”を装着するはずでした。しかし彼は宇宙遊泳中に数々のトラブルに直面し、この目的は達成されなかったのです。

サーナンは与圧服(彼はのちにこの宇宙服を“錆びついた鎧”並みの柔軟性と表現)ではろくに動けず、作業のせいで肉体的に疲れ果て汗まみれになります。そのうえ、彼の心拍数は恐ろしいほど上がったのです。曇ったバイザーからはほとんど何も見えず、AMUにたどり着いても手すりと足場がなかったためユニットを身に着けられませんでした。NASAはジェミニ9-A計画から多くの貴重な教訓を得ました。宇宙服をプールでテストする必要性や、船外活動中の宇宙飛行士をアシストするサポート構造を導入する必要性などです。

宇宙ステーションの修理を行った初の宇宙遊泳

1973年の船外活動で展開できなくなっていた太陽電池を解放した、スカイラブ2号の乗員ジョセフ・カーウィン(左)とピート・コンラッド(右) Image: NASA

1973年5月14日にスカイラブが打ち上げられた際、同宇宙ステーションの微小隕石シールドは脱落し、太陽電池パネルは展開に失敗しました。その月の終わりに到着したクルーがステーションを点検して、シールドと太陽電池も1つなくなっていたのを確認。残っていた太陽電池パネルは、破れたシールドの破片に押さえつけられ展開されていませんでした。このミッションは前途多難なスタートを切りましたが、こういったつまずきがあったから宇宙ステーションの初修理へとつながったのです。

1973年6月7日、NASAの宇宙飛行士ピート・コンラッドとジョセフ・カーウィンはスカイラブ号の外に出て、3時間と25分(その当時では宇宙遊泳の最長記録)かけて求められていた修理を実施。特にヒヤッとしたのは彼らが宙に投げ出された瞬間でした。固まっていたヒンジを取り外した故の出来事でしたが、命綱があったおかげで彼らは漂わずに済んだのです。「この修理のための船外活動の成功で、NASAはスカイラブ計画の残りを自信を持って計画できるようになり、得られた研究結果の量と質といった点ではフライト前の期待を大いに上回った」と、NASAは記していました。

宇宙遊泳をした女性第1号

スベトラーナ・サビツカヤ宇宙飛行士(中央) Image: Public Domain

スベトラーナ・サビツカヤ宇宙飛行士はソユーズT-12ミッションの一環で、1984年の7月に女性として史上初めて船外活動を行いました。3時間35分間に及んだ宇宙遊泳で彼女は溶接を行い、史上初めて宇宙で溶接を行った人物にもなったのです。ウラジーミル・ジャニベコフ宇宙飛行士とともに船外活動に取り組んだサビツカヤは、金属溶射を行い新たな多目的ツールをテストしました。

スペースシャトル計画における初の船外活動

1983年、スペースシャトル計画で初めての船外活動を行う、STS-6の宇宙飛行士ストーリー・マスグレーブ(左)とドナルド・H・ピーターソン(右) Image: NASA

1983年4月7日、スペースシャトルの外で初めて船外活動が実施されました。この歴史的な船外活動を行ったのはNASAのストーリー・マスグレーブ宇宙飛行士とドナルド・H・ピーターソン宇宙飛行士。ちなみに、スペースシャトル「チャレンジャー」の初飛行でした。

史上初となる命綱なしの宇宙遊泳

歴史に残る命綱なしの宇宙遊泳を行っているNASAのブルース・マッカンドレス宇宙飛行士 Image: NASA

1984年を迎えるまで、船外活動はすべて命綱を着けて実施されていました。しかしNASAの宇宙飛行士ブルース・マッカンドレスがSTS- 41-Bミッションにおいて、スペースシャトル「チャレンジャー」の外で史上初の命綱なしの宇宙遊泳を達成したことで、それは変わったのです。マッカンドレスは有人操縦ユニット(MMU)を使って、シャトルから300フィート(91メートル)超も離れることができました。24個の小型な圧縮窒素スラスターで推進するユニットを、両アームレストのハンドルコントローラーで操縦して宇宙空間を移動したのです。 この宇宙遊泳は特に、いっそうの勇気を要したことでしょう。

この新しいユニットはSTS-41ミッションではマッカンドレスとクルーメンバーのロバート・ステュアートにテストされただけですが、1984年11月のSTS-51-Aミッションでは軌道に達し損ねた通信衛星2機の捕捉に活用されました。

国際宇宙ステーションで初めて実施された船外活動

1998年、ISSで初の船外活動を行っているNASAのジェリー・ロス宇宙飛行士とジェームズ・ニューマン宇宙飛行士 Image: NASA

出来たばかりの国際宇宙ステーションでの初となる宇宙遊泳は、1998年12月7日に敢行されました。NASAの宇宙飛行士ジェリー・ロスとジェームズ・ニューマンが、ISSの最初の2つのモジュールZarya (ザーリャ)とUnity(ユニティ)の電力とデータケーブルを接続する作業を行ったのです。

5回に及んだ、ハッブル宇宙望遠鏡の修理ミッション

1993年に実施されたハッブル宇宙望遠鏡を修理する初のミッションでは、宇宙飛行士たちはピンぼけを引き起こす問題を解消する特殊なレンズなどを設置しました Image: NASA

ご存じないかもしれませんが、1990年に打ち上げられた直後のハッブル宇宙望遠鏡には深刻な光学系のトラブルが起きていました。この問題は修理可能だとみなされ、スペースシャトルでの修理ミッションにつながったのです。これらのミッションは宇宙望遠鏡の寿命を延ばすためにも実施されました。NASAによると、ハッブルは「宇宙飛行士が宇宙空間を訪れて修理、部品の交換、そして新しい機器でテクノロジーのアップデートを行う前提で設計された最初の望遠鏡」とのこと。1993年から2009年にかけて計5回の修理ミッションが行われ、宇宙飛行士たちはシャトルの外で作業することを求められました。

破損したパドルの修理

ロボットアームの上に立って、太陽電池パドルの破損具合を調べているSTS-120のスコット・パラジンスキー宇宙飛行士 Image: NASA

STS-120ミッションでクルーたちはISSのトラスを移設しましたが、その際に2つの太陽電池パドルは一旦収納されてから移設後に展開されることになっていました。1つ目のパドルは問題なく展開したものの、2つ目は裂けてしまったのです(上の画像を参照)。NASAは、この問題を解決した方法を解説しています。

ミッション・マネージャは搭乗中のクルーとともに、宇宙飛行士の1人にパドルの裂け目を縫い合わせてもらう計画を考案しました。STS-120で船外活動を行う宇宙飛行士2人のうちスコット・パラジンスキーは医師でもあったので、縫合スキルを活用することにしたのです。ポータブル・フット・レストレイントに固定された同氏は、ステーションのロボットアームとセンサ付き検査用延長ブームで持ち上げられました。この即席の装置によって、彼は裂けた太陽電池を“カフスボタン”と呼ばれる新たに設計されたツールを使って修理するのに十分なリーチを確保。パラジンスキーが破損したパドルに5つカフスボタンを固定した後、彼が見守る中で船内のクルーがパドルを完全に展開しました。

破損個所の修理に向かうパラジンスキー Photo: NASA

ご覧のとおりリスクの高い船外活動の1つでしたが、トラブルもなく完了しました。

宇宙空間で“溺死”寸前に

ルカ・パルミターノ宇宙飛行士の宇宙服をテストしたところ、ヘルメット内には水が…。 Image: NASA TV

宇宙遊泳の歴史において最も恐ろしかった瞬間の1つは、2013年7月16日に起きました。欧州宇宙機関(ESA)のルカ・パルミターノ宇宙飛行士のヘルメット内に水漏れが生じたのです。彼がこのトラブル後に書いたブログ記事には、恐ろしい体験について克明に綴られています。

のちにパルミターノの宇宙服をテストしてみたところ問題が再現され、ヘルメット内にゾッとする量の水が溜まると明らかになりました(上の画像)。水漏れは引き続き、NASAにとって頭痛の種となっています。今年の5月には、水が漏れる原因を調査する間、重要ではないISSの宇宙遊泳は保留すると発表しています。問題は次世代型宇宙服では改善されそうですが、今言えるのはシャトル時代から存在するこれらの宇宙服は理想的ではないということでしょうか。

史上初めての女性だけの宇宙遊泳

史上初となる女性だけの船外活動中の、NASAのクリスティーナ・コック宇宙飛行士とジェシカ・メイア宇宙飛行士 Image: NASA

実現までに時間がかかり、直前での中止というトラブルもありましたが、2019年10月18日、NASAの宇宙飛行士クリスティーナ・コックとジェシカ・メイアが世界初の女性だけの宇宙遊泳をついに実現。2人はISSのトラスにあるバッテリー充電ユニットを交換しました。