脱炭素社会への切り札は政治的リスクか

フランス全土に広がる反政府運動「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」が、環境問題に取り組む各国の政治家や運動家らを震撼させている。気候変動対策を先導してきた大統領マクロンによる燃料税の引き上げをきっかけに反発が広がり、3カ月たっても収束の兆しはない。燃料税などの炭素税を通じてカネの流れを変え、脱炭素社会を実現するという理想は、政治的リスクになりかねないのか。(石井徹、文中敬称略)

私は1月末、フランス西部の街アンジェで、週末ごとに繰り広げられている街頭のデモを目の当たりにした。

数千人が声を上げる目抜き通りで、黄色いベストを羽織ったミシェル・プティトム(65)に話しかけると、「地球環境は心配だけれど、今はそれどころではない」という言葉が返ってきた。障害のある娘(31)の職場まで片道25キロを車で送迎する生活で、ガソリンや軽油へのさらなる増税は許しがたい。「年金生活で苦しい私たちから、さらにカネを取ろうとしている」

「パリ協定」の目標である脱炭素化を実現するには、企業や家庭がCO₂の排出量に応じて税金などを支払うカーボンプライシング(炭素の価格化)は避けて通れない。途上国を含めすでに45カ国25地域(2018年4月時点)で導入されているが、なかでも「2030年にCO₂排出1トンあたりの燃料税を100ユーロ(約1万2000円)にする」という目標を掲げるフランスの税額は、現在すでに44.6ユーロ(約5600円)と、世界でもトップクラス。日本の「地球温暖化対策税」の20倍近い。

マクロンが大統領になってからも、首脳級の気候変動サミットを主催し、40年までのガソリン車とディーゼル車の販売終了を決めるなど、パリ協定を採択したCOP21の議長国として世界の温暖化防止策を引っ張ってきた。その一方で、国内では市民たちの不満は膨れあがっていた。

政府は昨年末、増税の6カ月凍結を表明したが、市民の矛先はむしろ格差社会や貧困問題に向かっており、収拾がつかない。デモ参加者に「日本から来た」と言うと「カルロス・ゴーンをよく逮捕してくれた。フランス政府は金持ちに甘い」と感謝された。

マクロンが「軽油やガソリンを買うお金がなければ、電気自動車を買えばいい」と発言したとするニュースも拡散。フランス革命で処刑された王妃マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいいのに」に引っかけてたたかれた。

実際は野党議員のツイッター投稿が本人の言葉として広がったフェイクニュースだが、「独善的」「大企業寄り」という元からのイメージと結び付いて「市民の生活よりも温暖化対策を重視している」という対立構造をあおるのに一役買った。王妃の発言そのものが、史実でないのに伝わり続けているのと、どこか通じる話だ。

■現代の「ラッダイト」なのか

運動は、日本や各国にどんな影響をもたらすのか。日本の温暖化対策税は現在CO₂1トンあたり289円とコロンビアやチリよりも低く、OECDから引き上げを提言されている。EUをはじめ中国、韓国などで始まっている「排出量取引制度」も、産業界の反対で国全体では導入できずにいる。

「黄色いベスト」に懸念を抱き、私とともに現地を調査した東北大学教授の環境政策学者、明日香寿川(59)は「温暖化対策が『地球にやさしくしましょう』という抽象的な話から『税金や財政に関わる切実な問題』に変わりつつある」のを実感したという。

「炭素の価格化は最も効率的にエネルギー転換を促す仕組みだが、低所得者や車が必要な人への配慮が不可欠になるということを、今回のことは示している」

今から200年前、産業革命のころの英国で、職を失いかけていた手工業者や労働者が機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起きた。私はこの運動が「黄色いベスト」と似ているように思えてならない。時代に抗った運動は、一方で働き手の権利を守る労働運動の先駆にもなった。「化石燃料からの脱却」は産業革命以来の大改革だ。改革に伴う痛みを分かち合っていくことで、前に進んでいくしかないのではないか。

「黄色いベスト」は地方の道ばたで出会ったドライバーたちの対話によって広がった。フランス開発庁のチーフエコノミスト、ガエル・ジローは、このことを示唆した上で、こう話した。

「フランスでは歴史的に、大きな抗議運動はいつも税制と関係している。燃料税の引き上げから始まった今回の動きも、新しい社会的な骨組みとなるボディーが生まれ、フランスがよみがえるきっかけになるのかもしれない」