解散総選挙に打って出たゼレンスキー

この連載では4月に、「ウクライナのゼレンスキー次期大統領につきまとう『一発屋』の不安」というコラムをお届けしました。その時には、ウクライナは議院内閣制に近いので、議会選挙がある10月までに大統領ができることは限られているし、その議会選で大統領与党の「公僕党」がつまづいたりすると、大統領と議会のねじれが生じてウクライナ政治は手詰まりになると、だいぶ悲観的なことを述べました。

しかし、その後実際には、ゼレンスキーは機敏な動きを見せました。ゼレンスキーは、5月20日に大統領就任式を挙行すると、就任演説の中で、現在の議会を解散し前倒し選挙を実施することを、不意に宣言しました。大統領は、議会が国民の信任を得ていないこと、憲法で定められた連立多数派が成立していないことを解散理由に挙げましたが、自らの大統領選勝利の余勢を駆って、自前の新党「公僕党」の躍進を果たしたいとの本音は明白でした。

ゼレンスキーによる議会解散は違憲との指摘もありましたが、結局7月21日に議会選挙の投票が実施され、公僕党は予想以上の大勝を収めました。定数450議席のところ、公僕党は254議席を獲得し、ウクライナの歴史上初めて、一つの党による単独過半数が成立したのです。

ゼレンスキーが地滑り的勝利を収めた3月、4月の大統領選は、国民が既存の政治体制、とりわけポロシェンコ前政権に対し駄目出しをしたものでした。7月の議会選も、「実質的に大統領選の第3回投票だった」との論評があるとおり、大統領選の延長上で、国民がエスタブリッシュメント全体にノーを突き付ける結果となりました。

ちなみに、公僕党の候補者名簿には、議員経験のある候補者は一人もいなかったということです。議会全体でも、約3分の2が新人議員になったと言います。議院内閣制に近いウクライナの政治制度からすると、大統領選挙の結果もさることながら、議会選挙で公僕党が圧勝したことの方が、意味が大きいかもしれません。選挙前に公僕党は、新党「声」、祖国党といった路線が近い政党との連立を模索していましたが、単独過半数を握ったことで、もはやその必要はなくなりました。

弱冠35歳の新首相

新たに選出された議会の最初の本会議が8月29日に召集され、公僕党の主導によりホンチャルーク(ゴンチャルーク)新内閣が発足しました。ホンチャルーク首相は1985年生まれの35歳。大学で法学を専攻し、主に民間企業で法務関係の仕事をしてきた人物です。ゼレンスキー大統領は事前には、実績のあるエコノミストを首相に据えたいというようなことを発言していたので、法律畑で政治経験もほとんどないホンチャルーク氏の起用は予想外であり、直前まで誰もマークしていませんでした。

当然のことながら、ホンチャルーク氏はウクライナ史上最も若い首相です。おそらく、世界的に見ても、記録的な若さのはずです。現に、英語版ウィキペディアの「10 youngest serving state leaders」というリストを見ると、35歳と60日で首相に就任したホンチャルーク氏が、トップに掲げられています。

首相が若いだけでなく、内閣全体の平均年齢もわずか39歳。2018年10月に発足した我が国の第4次安倍改造内閣では63歳だったということですので、ずいぶんと差がありますね。ホンチャルーク内閣では、諸事情ゆえに内相と蔵相だけは前内閣から留任したものの、それ以外はすべて初入閣です。女性閣僚も6人と、積極的に起用されています。

かくして、大統領・議会・内閣がすべて、ゼレンスキー率いる公僕党によって押さえられ、一元的な権力が確立されました。世代交代も一気に進みました。大統領選〜議会選〜組閣と続いた今回の政権交代劇は、独立ウクライナ史上、最も深甚な政治体制の刷新となったと言えそうです。

首都キエフの街角に掲げられた公共広告は、「愛・協調・一体性」を呼び掛ける(撮影:服部倫卓)

短期決戦を志向するゼレンスキー政権

旧ソ連圏の政治評論には、「カミカゼ」という言葉がしばしば登場します。むろん、かつての日本の神風特別攻撃隊に由来する表現であり、ある内閣が「一年で倒れてもいい」というような決死の覚悟で改革に取り組もうとする時に、「カミカゼ内閣だ」というような表現が使われます。

そして、今般ウクライナで成立したホンチャルーク内閣についても、「カミカゼ内閣」だとする論評が散見されました。ゼレンスキー大統領は、国民に不人気な改革の実施を若きホンチャルーク首相に委ね、一年程度で首相交代となってもやむなしと考えている、というのです。

もう一つ興味深いのは、議会が招集された8月29日にゼレンスキー大統領が議員たちに呼びかけた内容です。大統領は、「今回の議会が歴史に名を残すことは、確実だ。唯一の問題は、具体的にどんな形でか?ということである。諸君は、過去28年間できなったことをすべて実現した奇跡の議会として教科書に載るかもしれない。あるいは、存続期間が一番短い、一年しかもたなかった議会として、歴史に残るかもしれない」と述べたのです。つまり、議員たちのお手並みを一年拝見して、働きが悪ければ、またも議会解散という伝家の宝刀を抜くと警告しているわけです。

大統領も議会も任期は5年なのに、ゼレンスキー大統領は何を焦っているのでしょうか? おそらく、ゼレンスキー大統領は自分の人気がそう長くは続かないということを、自覚しているのではないでしょうか。元々、組織的な基盤などは何もなく(公僕党にしても、むしろ大統領人気にあやかって躍進した)、突然吹いた「風」によって最高指導者の地位に押し上げられたに過ぎません。今後、風が止んだり、あるいは逆風が吹く可能性があるということを、ゼレンスキーは分かっているのでしょう。だからこそ、自分の人気のあるうちに、改革と国家再建の道筋をつけておきたいのだと思います。

困難な政策課題

ゼレンスキー政権はいよいよこれから本格的に政策運営に取り組んでいくことになりますが、具体的な政策課題を考えるにつけ、困難な舵取りになると予想せざるをえません。

とりわけ気になるのは、経済政策路線です。所得水準の低いウクライナでは、国民の多くは福祉国家的な方向を望んでいます。しかし、ゼレンスキー政権は新自由主義的な政策を推進すると見られており、ホンチャルーク内閣が民営化、規制緩和といった措置を実行に移すことが予想されています。財政面での命綱となっている国際通貨基金(IMF)との関係を考えても、新政権が「国民に優しい」政策を採る余地は限られており、果たして国民の忍耐がどれだけもつのか、気がかりです。

ゼレンスキー政権は、ポロシェンコ前政権とは異なり、反ロシア・ナショナリズム一辺倒に陥り、ロシアとのあらゆる関係を断ち切るようなことはしないと思います。実際、ここに来てウクライナ・ロシア間で捕虜交換の問題が前進するなど、分野によっては関係の改善も進むかもしれません。しかし、ゼレンスキー政権が最重視しているドンバス紛争の全面解決は、あまりに大きな難題です。ゼレンスキー政権は、「ドンバス紛争には今年中に決着をつけたい」として、ここでも非常に前のめりになっているのですが、筆者などはその性急さにやや危うさを感じてしまいます。