鈴木です。7歳の長男(ポコ)と夫(おとっつあん)と一緒にベトナム北部ハノイで暮らしながら新聞記者をしています。今回は、ハノイの西湖エリアで開かれる、ハロウィーンイベントについてのお話です。

日本ではマナー問題が毎年大きなニュースになるハロウィーン。欧米発祥のカルチャーだが、ベトナムでも最近は、10月になるとコンビニやスーパーなどにグッズが売られるようになり、楽しむ人も増えてきたようだ。私たちのように、外国人が多いハノイの西湖(ホータイ)周辺に子連れで暮らす住人にとってハロウィーンは、毎年、待ち遠しい催しになっている。トーゴックバン(TNV)通り周辺の戸建てに住む米国人などの住民らが、おどろおどろしい飾り付けをした自宅の入り口を開放し、「トリック・オア・トリート」と言いながらお菓子をねだる子どもたちを招き入れてくれるからだ。

邸宅の入り口でキャンディーをもらう人たち=鈴木暁子撮影

ベトナムでハロウィーンといっても、なかなか想像ができないかもしれない。だが、実はハノイは「ものすごくハロウィーンに向いている町」だ。大通りをちょっとそれると、まるで迷路みたいに細い小道が血管のようにはりめぐらされており、しかも、どこもかしこも薄暗い。時々バイクが通るけれど、車も入れないような路地に、フランス風の小窓やバルコニーがついた邸宅が立ち並ぶ。日が暮れた後、仮装をして歩くだけで、もう雰囲気たっぷりなのだ。

薄暗いハノイの通りを歩くポコとお友だち=鈴木暁子撮影

今年は10月26日が、その催しの日だった。私はおとっつあんとポコ、そして埼玉県から訪ねて来ていた私の両親とともに、午後6時前にTNV通りに向かって歩き出した。すでにあたりは暗い。

無償で自宅前に多くの参加者を招き入れてくれたTNV通り周辺のご家族は、29軒に上った。中には、「Keep Out Criminal Scene」(事件現場に立ち入り禁止)なんていう、ちょっとぞくっとするテープをはったり、クモの巣や、カボチャの形のランタンや骸骨のおもちゃを飾ったり。ピンクや青の照明と「RIP」(安らかに眠れ)と書かれた墓石の形の置物を置いて、雰囲気作りをした家もあった。どのお宅も、日本人の目から見たら豪邸ばかりだ。普段は門の外から眺めるだけのお宅の入り口を拝見できるばかりか、「よかったらビールをどうぞ」と、大人たちに振る舞ってくれるありがたいご家庭もあった。

おどろおどろしい雰囲気づくりをして、子どもにキャンディーを配るボランティアの家庭=鈴木暁子撮影

参加する人たちもやる気満々だ。悪魔やゾンビ、お姫様のような仮装をした子どもたち。大人も、頭にオノが刺さったように見える飾りをつけたり、マントを羽織ったりして練り歩く。欧米の人もいれば、ベトナム人も、日本人もけっこうたくさん参加している。我が家のポコは、血のりなどでゾンビ風のお化粧をし、頭にのこぎりが刺さったように見えるカチューシャをつけた。一緒に歩いたネパール出身のお友だちは、マントとマスク、なぜかスターウォーズのライトセーバーを持って歩いた。ポコが手にさげたカボチャの形のバケツは、あっという間にチョコレートやキャンディーでいっぱいになった。

骸骨のような格好でハノイの町を練り歩く、ハロウィーンの参加者たち=鈴木暁子撮影

この催しを主催するサラ・ガーナーさんによると、今年「トリック・アンド・トリート」に参加した子どもは430人ほどで、その5割ほどはTNV通り以外の住人だという。楽しい催しを成り立たせているのは、地域のボランティアの方たちだ。我が家も含め、参加者は、子ども1人あたりキャンディー(お菓子)を100個分用意し、事前に主催者の自宅に届ける。集まったキャンディーの山をボランティアの方たちが分けて、家の門を開放してくれる家々に届けてくれるのだ。交通整理をするのもボランティア、自宅を開放する家々もボランティアでの参加だ。地域の人と一緒に楽しもうよ、という精神が、本当にありがたい。

ハロウィーンのイベントに参加する家庭から集まったキャンディーの山=サラ・ガーナーさん提供

サラさんによれば、もともとは欧米出身の一部の住民が開いたパーティーがきっかけで始まり、それがむくむくと、多くの参加者を引きつけるようになって、少なくとも14年間続いてきたのだという。ここ5年の間、イベントを取り仕切ってきたサラさんたちがハノイを離れるため、来年以降のイベントは、別の人が仕切り役を務める見通しだという。通りの渋滞などが問題になりつつあるようだが、ハノイならではの楽しい催しがこれからも続けばいいなあと思う。

今年は私の両親がベトナムに来ることがわかっていたので、仮装を楽しみにしていた。父のふうぼうからヒントを得て、父と私はちばてつや作画のマンガ「あしたのジョー」の丹下段平と矢吹丈にふんした。だが黒い眼帯をつけた父は、他の国の出身の参加者から「あっ海賊だね」と、にこやかに声をかけられたそうだ。いずれにしても、今年も本当にいい思い出になった。

父とともに「あしたのジョー」の丹下段平と矢吹丈にふんした筆者(左)