スイスに行く機会があったら、レマン湖畔に佇む彼の銅像を見てみたいと思ってきた。「ボヘミアン・ラプソディ」などの名曲で世界中のファンを魅了してきた英国のロックバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリー(1946〜91)。モントルーは、彼が人気絶頂期から45歳で亡くなるまでの十数年をたびたび過ごした街だ。(大室一也、写真も)

ジュネーブの中央駅から国鉄列車で約1時間。モントルー駅(①)から10分も歩くと、もう湖畔に着く。びょうぶのように連なる対岸のアルプス山系の大山塊に息をのんだ。中華やタイ料理などの屋台を横目に湖沿いの道を進んでいくと、観光客の姿とともに、その銅像(②)が目に飛び込んできた。

天空を突くがごとく、垂直に振り上げた右拳。左手にマイクスタンドを軽く持ち、足を開いてポーズを決めている。短髪に口ひげの顔は湖の方を向き、目を閉じている姿は自己陶酔感に浸っているようにも見える。

スイス・モントルーのレマン湖畔に立つフレディ・マーキュリーの銅像

プライバシーのない英国での生活に嫌気が差していたフレディは、アルバム「ジャズ」(78年)のレコーディングでモントルーを訪れたときに美しい自然や静寂を気に入って、この街に家を手に入れた。レコーディングで使ったスタジオはクイーンが買い取り、「カインド・オブ・マジック」「イニュエンドウ」など計7枚のアルバムを手がけた。80年代後半には、フレディはエイズウイルス(HIV)に感染したことをメンバーに告げ、病魔と闘いながら、亡くなる2週間前までこの地でレコーディングを続けた。遺作となったアルバム「メイド・イン・ヘヴン」(95年)のジャケット写真にもレマン湖が写る。

フレディの死後に親族やメンバーらの依頼で建てられた銅像は、いまや街を代表する観光名所だ。写真を撮っていたクウェートの姉妹マリアン(34)とシャリーパ(29)は「彼はまさにカリスマ。声も素晴らしい」と絶賛した。

湖沿いの道の先には、クイーンが買ったスタジオ跡につくった記念館「クイーン ザ・スタジオ・エクスペリエンス」(③)もある。メンバーらが設立したHIV対策の基金が運営にかかわっている。フレディ直筆の歌詞やメンバーが使った楽器が並び、ベースやキーボードなどの音を調節して曲のミキシングも楽しめる。

スイス・モントルーのカジノ内にある記念館「クイーン ザ・スタジオ・エクスベリエンス」にはフレディ・マーキュリーゆかりの品々が展示されている

独・仏・伊・ロマンシュと四つの語圏があり、住民の約4分の1が外国人というスイスは多様性が感じられる国だ。リゾート地で観光客も多いモントルーの街を歩いていると、さまざまな髪の毛や肌の色の人たちとすれ違う。

英国領ザンジバル(現タンザニア)でペルシャ系のゾロアスター教徒の家に生まれ、インド、英国と移り住んだフレディ。白人でもキリスト教徒の家系でもなく、異郷で世界的スターになった。同性愛者としての生きにくさもあっただろう。静寂な湖畔を歩きながら、フレディがこの街を愛した理由が、少しだけわかった気がした。

■世界的なジャズフェスも

モントルーでは毎夏、世界的な音楽イベント「モントルー・ジャズ・フェスティバル」が開かれている。会場の一つが「ミュージック・アンド・コンベンション・センター」(④)。1967年に始まって以来、マイルス・デイビスやアラダー・ペゲといった著名ジャズプレーヤーが出演している。

■詩と音楽の古城

モントルーの街中からレマン湖沿いを南下して30分近く歩くと、湖上に浮いているようにも見えるシヨン城にたどり着く。記録が残る12世紀以降、増改築を繰り返して今の姿に。詩人バイロンの「シヨンの囚人」の舞台としても、ジャズピアニスト、ビル・エバンスのライブを収録したアルバムのジャケット写真でも知られている。

英国の詩人バイロンの詩にも出てくるシヨン城。レマン湖に浮かんでいるようにも見え、近くでアジア系のカップルが写真を撮影していた

■手ごろなフォンデュ探して

スイスの郷土料理の代表格、チーズフォンデュ。チーズに白ワインを加えてとろとろになるまで煮込み、パンや温野菜などを絡ませる。食べ過ぎても胃にもたれないよう、さっぱりしたピクルスを付け合わせることが多いという。

物価が高いスイスでは、チェーン店のハンバーガーを食べても日本の倍ほどの料金を取られることもある。少しは手ごろな値段でフォンデュを食べられないだろうか。レマン湖畔から山々に続く急傾斜の坂道を上り、郷土料理店「カボ・デ・ビニュロン」(⑤)に向かった。

手ごろなチーズフォンデュ

1人前を頼むと、中でチーズが溶けた小さな鍋と一口大に切ったバゲットがいくつか入ったかごが出てきた。この最小限の組み合わせで、26スイスフラン(約2900円)。食べ進むうちにチーズがなくなり、鍋に「おこげ」が残ると、店のジェローム・デシャン(50)がフォークで削ってくれた。「このカリカリが最高においしい」。苦みがあったが、たしかに香ばしくて美味だった。