核兵器禁止条約が来年1月に発効する。果たして核軍縮は進んでいるのか。条約はどのような意義を持つのか。かつて朝鮮半島エネルギー開発機構で北朝鮮核問題に取り組んだ経験がある、日本エネルギー経済研究所の黒木昭弘研究顧問に聞いた。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

■増える核保有国、「成功モデル」に

――核不拡散条約(NPT)体制の現状をどう分析していますか。

1970年に発効したNPT体制は、①米ロ英仏中5カ国以外への核兵器拡散防止②核保有国が負う誠実な核軍縮交渉の義務③核の平和利用の推進――という三つの柱から成り立っている。このうち、①の核の拡散に歯止めがかからないうえ、②の核保有国の核軍縮も十分に進んでいない。

核兵器の拡散は進んでいる。イスラエルは1967年までに核弾頭13発を生産したと言われている。NPT発効後も、インドとパキスタンが核実験を行った。

特に、パキスタンの核保有成功は、「経済制裁を受けても国の崩壊は免れた」として、核を保有した国家にとっての成功モデルになった。北朝鮮もそうだ。核兵器を保有したことで、金正恩朝鮮労働党委員長は米中ロなどの大国の首脳と会談できる。自国の安全保障や国威発揚を狙い、核保有を目指す国が出てきてもおかしくない状況だ。イランはウラン濃縮を続けているし、サウジアラビアもイスラエルに対抗して核保有に踏み切るかもしれない。

■米ロに核軍縮の意識はない

核保有国による軍縮も不十分だ。米ロ間で2011年に発効した新しい戦略兵器削減条約(新START)は、戦略核弾頭数を1550発以下、発射手段の保有数を700基以下にするなどと取り決めた。

しかし、米ロは自分たちが核軍縮をしているという意識はない。かつてソ連だけで3万発の核兵器を保有した時代もあった。両国にしてみれば、「共倒れにならないよう、コストを減らし、安全管理が行き届く適正な範囲で核を保有したい」ということだろう。

さらに現在は、米ロだけの核軍縮は意味をなさなくなっている。中国が台頭してきたし、インドやパキスタン、北朝鮮など米ロのコントロールが十分行き届かない国家も核を持ち始めたからだ。実際、米国は昨年、米ロの中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱した。中国が参加しないとINFの意味がないからだ。

NPT体制は、一つの柱である核不拡散が完全に失敗したわけではないが、うまくいっていない。もう一つの柱の核軍縮も進んでいるように見えるが、実態は「核兵器ゼロ」を目指したものではない。

――オバマ政権が掲げた「核なき世界」はうまくいっていないということでしょうか。

米国は2018年に発表した「核態勢の見直し(NPR)」で、低威力の核兵器の開発などに触れた。「使える核兵器」を検討しているわけで、「核なき世界」の理念は後退していると言わざるを得ない。ロシアも2020年6月、プーチン大統領が「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」という大統領令に署名した。そこでは核兵器使用基準の緩和などに触れている。

核保有国の米ロが、核を使った実戦を想定していることが実証されたわけで、両国が核兵器ゼロを目指していないことも明らかだ。

黒木昭弘氏。2003年3月、北朝鮮の咸鏡南道・琴湖(クムホ)地区で進められた軽水炉の建設現場近くで=本人提供

■拡散防ぐリアルな目標を

――核兵器禁止条約が来年1月に発効します。

核兵器の開発や実験、製造、使用などを禁じているが、手段がはっきりしない。2年に一度、締約国会議(COP)をすることぐらいだが、批准した50カ国に、核保有国に影響を与えられるような大国はいない。逆に言えば、現実的な核の脅威と無関係な国が批准しているとも言える。すでに米国が「非現実的な条約だ」と指摘しているように、この条約は核保有国への圧力にはならない。

具体的に、NPT体制の不備を補い、核拡散を防ぐ方法をまず考えるべきだ。例えば、北朝鮮の核開発を許した原因を追及して、他の国で繰り返されない仕組みを考えるべきだ。北朝鮮の核開発については、制裁など国連加盟国の義務をもっと増やすべきだ。核保有国が負う義務も強めるべきだ。例えば、「核保有国は非核保有国を攻撃しない」と約束すべきだ。

いきなり「核兵器禁止」という最終目標を掲げるより、過去を反省してリアルな目標を掲げた方が意味があるだろう。

――日本政府は米国による「核の傘」を重視し、核兵器禁止条約には参加していません。

核の傘は機能していると思うが、限界もあるかもしれない。北朝鮮が「日本を核攻撃する」と脅してきたら、米国も「本当にやったら、北朝鮮を核攻撃する」と言ってくれるだろうが、中国が相手では難しいかもしれない。そのときの政治家の考えや軍事情勢にも左右される。米中関係が蜜月になったら、米国は自分たちを犠牲にしてまで中国から日本を守ろうとしないだろう。

だが、日本は独自の核武装という道には進まないだろう。かつて朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)で一緒に働いていたフランス人が「北朝鮮が核保有したら、日本も核を持つだろう」と断言した。フランスは米国の核の傘を信頼していないから、独自に核武装した歴史を持つ。

私が「日本は核武装しない」と答えたら、フランス人は驚いていた。日本は被爆国として、自らは核を持たず、しかも、被爆の惨禍を二度と味わわないため、全面的に米国の核に頼る道を選んだ。日本は核武装しない以上、米国の核の傘からは絶対に外れられない。

NPTの掲げた原則に立ち返り、核保有国に核軍縮の道を歩ませ、非核保有国に核を拡散させない仕組みを考えるという現実的な努力を試みる必要がある。

 

くろき・あきひろ 1954年生まれ。79年、東大工学部を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。2001年6月、北朝鮮に軽水炉を建設するために設立された朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)原子力安全品質保証部長に就任した。06年7月から日本エネルギー経済研究所勤務。