米大統領選の行方はなかなか決まる気配がなかった。昨年11月6日の金曜夜、私はペンシルベニアの投票集計が週明けまでかかると思い、帰宅した。翌日、リフレッシュした気分で目覚めてテレビを見ると、CNNが「バイデン勝利」を速報した。ペンシルベニア州の票の集計が一気に進み、バイデン前副大統領の選挙人獲得数が過半数の270人を上回ることが確定したのだ。

CNNの政治コメンテーターで黒人のヴァン・ジョーンズ氏の言葉が今でも忘れられない。「『息ができない』。それはジョージ・フロイドだけのことではなかった。多くの人が息ができないと感じていた」と、涙を流しながら語っていた。彼の言葉に、昨年5月から6月にかけて行われたブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)の抗議運動で、「私たちを殺すのをやめてくれ」と必死に叫ぶ人たちの表情が鮮明によみがえった。呼び戻されるかのように、私は抗議デモの中心地、ホワイトハウスのすぐ北にある「ブラック・ライブズ・マター・プラザ」へ猛ダッシュした。

ランハム裕子さんが文と写真を担当した連載「Re:search」記事(2020年11月)の写真が、優れた報道写真に贈られる2020年の東京写真記者協会賞に選ばれました。今回はランハムさんが、大統領選後の首都ワシントンとトランプ大統領を取材した模様を報告します。

【受賞記事】驚き、怒り、そして魅了される 被写体としてみたトランプ大統領

いつものように機材と脚立を抱え外に出ると、連打される車のクラクションと波のような人々の歓声が耳に飛び込んできた。新型コロナの影響ですっかり交通量が減った首都に突然大勢の市民が繰り出し、道は人々と車でみるみる埋め尽くされた。渋滞で動かない車内の人たちまでもが笑顔に満ちていた。歓喜のクラクションが鳴るたびに、歩行者や自転車に乗った人がそれに応えるように歓声をあげる。町中が一体となりバイデン氏の当選を祝福していた。

ホワイトハウス周辺でバイデン氏の勝利を祝う人たち=2020年11月7日午後1時13分、ワシントン、ランハム裕子撮影

11月だというのに夏のような日差しと快晴の空の下、徒歩10分で広場に着く頃には汗だくになっていた。昨年6月1日、トランプ大統領が教会前で写真撮影をするために抗議デモの参加者たちを催涙ガスとゴム弾で追い払ったのがまさにこの場所だった。この日はシャンパンの雨と歓声に替わっていた。米国では屋外の飲酒が禁止されているが、現場の警官はこの日ばかりは見て見ぬふり。時折空から降ってくるビールやシャンパンを浴びながら、5カ月前とはまるで違う人々の表情に吸い込まれるようにシャッターを切り続けた。

ホワイトハウス周辺で旗を掲げ、バイデン氏の勝利を祝う人たち==2020年11月7日午後1時26分、ワシントン、ランハム裕子撮影

「祝福」という言葉が詰まったマドンナの「ホリデー」という曲がかかると、カラオケ大会とダンスパーティーが同時に始まった。ホワイトハウスを囲うフェンスには「トランプ、お前はクビだ!」と書かれたプラカードが大きく掲げられ、トランプを赤ちゃんのキャラクターにした風船がフワフワと上空に浮かんでいた。その下には、おしゃぶりを吸うトランプの顔や、「負け犬」、「ゲームオーバー」などと書かれたプラカードを手にする人が目立った。スーパーヒーローのコスチュームを着た男性が、トランプ大統領のお面を付け地面に倒れた人を踏みつけるパフォーマンスも。

スーパーヒーローのコスチュームを着て、トランプ大統領のお面をつけた人を踏みつけるバイデン氏の支持者=2020年11月7日午後7時27分、ワシントン、ランハム裕子撮影

6月の抗議デモにも参加した、連邦政府職員の黒人女性アニタ・ジョーダンさんは「トランプ大統領は、人を人として扱う思いやりよりも自己の利益を優先させた。バイデン新大統領の誕生が全ての問題を解決することなどできないし、人種差別を取り除くにはとてつもない時間を要する。だが少なくともこの勝利は、差別主義者の居場所はないという明白なメッセージを伝えた」と語った。

大統領選投票日の夕方、「米国を再び偉大に」というトランプ大統領のスローガンが書かれた陶器の帽子が割られていた

その1週間後の土曜日。首都の光景は一変した。マスクを付けずに群衆が叫んでいた。ホワイトハウスの東側にある「フリーダム・プラザ」では、星条旗や南北戦争時の南部連合国旗とともに「トランプ2020」や「銃、神、トランプ」などと書かれたプラカードや旗を掲げる人たちであふれた。全国各地から1万人を超えるトランプ支持者が「選挙の不正」を訴えるためにワシントンに集結した。

トランプ大統領の選挙集会はきまって色鮮やかだが、この日は特に「Make America Great Again」(米国を再び偉大に)というスローガンが書かれた真っ赤な帽子と風になびく数百本もの旗が、まぶしいほどに首都をカラフルに染めた。「選挙を盗むのを止めろ」や「トランプはバイデンに勝った」などと書かれたプラカードを掲げ、大統領選の不正を訴えるのが集会の目的だった。だが、いつものエンターテインメントがそこにあった。映画「ランボー」の主人公に扮した筋肉隆々バンダナ姿のトランプ大統領が大きなライフルを構える旗もあちこちでなびいている。人々の表情は、怒りというよりお祭りを楽しんでいるかのようだった。お決まりの「USAコール」や「あと4年!」の掛け声が響いた。

映画「ランボー」の主人公をトランプ大統領に見立てた旗を振り「不正選挙」を訴えるトランプ支持者ら=2020年11月14日午前11時58分、ワシントン、ランハム裕子撮影

この人たちはどこまで不正を信じているのだろう。トランプ大統領が選挙に勝つと本当に信じているのだろうか。1月にバイデン政権が始動したらどうするつもりなのか。目の前に降りかかる旗越しにレンズを構えながら、様々な疑問が頭をよぎった。ノースカロライナ州から6時間運転してきたという白人男性は「過去4年間で『うそつき』と証明されたメディアがバイデン氏の勝利を宣言する法的権利はない。報道は真実ではない」と話した。トランプのツイート通りだ。親指を立てたトランプ大統領が描かれた幅5メートルほどの大きな旗が、まるで「その調子だ!」と言わんばかりに群衆を見守っていた。

「不正選挙」を訴え、抗議するトランプ大統領の支持者たち

トランプ支持者にいくら話を聞いても、疑問への明確な答えは返って来なかった。もしかしてその答えはトランプ大統領にあるのかもしれない。支持者がかたくなに信じるのは、選挙の不正ではなく、トランプ大統領本人だからだ。選挙以来、公式行事や報道関係者への取材の機会をグンと減らす一方で、トランプ大統領は敗北宣言を拒み、ツイートにより支持者に選挙の不正を訴え続けている。

映画「ランボー」の主人公をトランプ大統領に見立てた旗を振り「不正選挙」を訴えるトランプ支持者ら=2020年11月14日午前11時58分、ワシントン、ランハム裕子撮影

選挙から数日後に会見室で見たトランプ大統領の表情は疲れていた。演歌のこぶしのようないつものトランプ節もなかった。いくら否定しようと、選挙の敗北に気付いていない訳がない。気に入らない報道は「フェイクニュース」として全否定し、負けや非を認めないトランプ大統領。ホワイトハウスを去った後も「攻撃」を続けるだろう。それが次の大統領選挙がある2024年につながるかどうかは別としても、バイデン氏、民主党、メディアへの攻撃体勢を整えているに違いない。

投票日の2日後、ホワイトハウスの会見室で声明を読むトランプ大統領=2020年11月5日午後6時49分、ワシントン、ランハム裕子撮影

12月5日、私はジョージア州に向かった。翌1月の上院選決選投票の応援のために開かれた集会を取材するためだ。そこに登場したトランプ大統領は、攻撃的でエネルギッシュな大統領選前のトランプ大統領に戻っていた。まさにトランプ大統領自身の選挙集会そのもので、これから大統領選が始まるかのような錯覚を覚えた。支持者たちは「フェイクニュースのせいでこんな結果になった」と、怒りを報道陣にぶつけた。報道陣用のWi―Fiパスワードはこの日、「不正選挙!」だった。

上院選決選投票の共和党候補を応援するために集会で演説するトランプ大統領=2020年12月5日午後8時0分、ジョージア州バルドスタ、ランハム裕子撮影

トランプ大統領がいったん開けたパンドラの箱を元に戻すことはできない。そして何よりも忘れてはいけないのが、7400万人以上がトランプ大統領に投票したという事実だ。バイデン氏はそれを上回る票を獲得したものの、その事実は重い。バイデン氏は国民を二分する深い亀裂を修復し、団結させることができるのだろうか。同じ国にいながら別の国にいるかのように異なる2つの群衆がわかり合える日は果たして来るのだろうか。

ホワイトハウスの前では大統領選直後から、1月20日に行われるバイデン氏の大統領就任式に向けたパレードの観覧スタンドの建設が始まっている。この建設の様子を目にするトランプ氏は何を思うのだろうか。いや何も思わないのかもしれない。バイデン政権、民主党、メディアといった「天敵」を攻撃し続けるという、トランプの自らのミッションはまさに始まろうとしている。