1月の第8回朝鮮労働党大会は、関係国から大きな注目を浴び、その内容を各国が様々に予測した。軍事パレードの実施など当たった予測もあれば、金正恩朝鮮労働党総書記の実妹、金与正氏の降格のように予想外の出来事も起きた。世界最強の閉鎖国家とも言われる北朝鮮の分析には何が必要なのだろうか。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

韓国の情報機関、国家情報院は昨年11月3日と28日、国会情報委員会での報告で、党大会について展望した。国情院は「米新政権に軍事力を誇示するため、軍事パレードを実施する可能性がある」と予測していた。自衛隊関係者は「米国情報衛星の情報が根拠だ」と語る。

北朝鮮はパレード実施の際、会場になる金日成広場を再現したセットを平壌近郊の美林飛行場に造り、数カ月間にわたって予行演習を行う。過去、日本と情報交換した韓国の情報では、北朝鮮が発射した弾道ミサイルの軌道や距離などの分析もほぼ正確だったという。韓国軍のイージス艦などによる探知の結果だった。

ただ、衛星写真だけで安心するのは危険だ。

たとえば北朝鮮は2012年12月12日に長距離弾道ミサイルを発射する前、一時的に「発射予定期間を12月29日まで延期する」と公表したことがあった。その際、米国衛星が捉えたのは、発射台そばに置かれた機体運搬用トレーラーの姿だった。発射台には白い天幕がかけられて詳細はわからなかったが、日米韓は一時、発車延期説に傾いた。発射時期を正確に知られることを避けるための欺瞞工作だったとみられた。

国情院は昨年11月3日の説明では「党大会で金与正氏が政治局員候補から昇進する」と予想していた。正恩氏も元帥から、金日成主席や金正日総書記と同じ、大元帥への昇進が考えられるとしていた。

だが実際は、与正氏は政治局員候補から中央委員に降格された。正恩氏は肩書が党委員長から党総書記に変わったが、大元帥や主席への就任はなかった。

韓国発の場合、北朝鮮の人物の消息や人事に関する情報でしばしば間違いが起きる。かつて、韓国の閣僚が国会で金日成主席が死亡した可能性が高いと答弁した後、金主席が公式の場に出てきたことがあった。2016年2月には、韓国政府が「北朝鮮の李永吉・軍総参謀長が処刑された」という情報を韓国メディアに誤って提供したこともあった。

■脱北者情報の見極め

朝鮮労働党大会で、総書記に就任した金正恩氏。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

韓国には昨年9月現在、脱北者が3万4千人近く住む。最近も駐クウェート大使代理が亡命したことが明らかになったように、政府当局者だった人々も含まれ、北朝鮮の内情を外部に伝える助けになっている。

脱北者がもたらす情報は貴重だが、必ず正確だとは限らない。

2004年9月、北京の日本人学校に脱北者29人が逃げ込んだ。脱北者らは様々なウソをついて日本政府を困惑させた。例えば、韓国政府の定着支援金をより多く得るため、家族と一緒に脱北した事実を伏せて「自分一人で逃げてきた」と説明する人がいた。

政府関係者は「脱北者は将来に不安を抱えているため、自分を高く売り込もうとする傾向がある」と語る。日本が日本人拉致問題に強い関心があることを知り、「拉致被害者を目撃した」「被害者の近況を知っている」という情報も脱北者から数多く寄せられている。この関係者は「北朝鮮が拉致被害者の存在を簡単に公にするはずもない。何とか生きていて欲しいという我々の心理を逆に利用するような情報もあった」と語る。

韓国での情報収集や攪乱、要人暗殺のために脱北者に偽装して韓国に入り込む北朝鮮の工作員もいる。韓国は脱北者をまず、ソウル近郊の北朝鮮離脱住民保護センター(旧合同尋問センター)で調査する。出身学校を聞いたら、当時の校長の名前を尋ねるなど、脱北者の説明に矛盾がないかを確認していくという。

北朝鮮の最高指導者とその家族の人事情報を脱北者が把握することはほとんど不可能だったとみられる。国家情報院元幹部の1人は「最高指導者の人事について決めるのは、金正恩氏以外にはいない。おそらく与正氏の人事を決めたのも、正恩氏だろう」と語る。

金正恩氏は党大会で総書記に就任したが、生前に複雑な女性関係を作った父親の金正日氏に対する葛藤があった。その父親と同じ総書記に就任すると予測した専門家はいなかった。また朝鮮中央通信は1月13日、最高人民会議が17日に開かれると発表したが、議題には憲法改正が含まれていなかった。北朝鮮は国家機関を憲法に明記しており、この時点でようやく、金正恩氏の国家主席就任の可能性がないことがわかった。

■韓国の思惑がはらむバイアス

さらに、国家情報院は昨年11月28日の国会情報委員会で、北朝鮮が党大会で対米政策をさらに具体化させるだろうと予測した。しかし北朝鮮は米国の対北朝鮮敵視政策の撤回や「強硬には強硬で」といった原則論を示しただけに終わった。北朝鮮関連サイトの「朝鮮の今日」は1月23日付の記事でバイデン大統領の当選が確定したと伝えたが、北朝鮮国営メディアはバイデン政権に対する論評を避けている。

国情院の別の元幹部は、予測が外れた背景について「早く米朝対話が始まって欲しいという文在寅政権の意向を忖度した結果だろう」と語る。文大統領は1月18日の記者会見で「バイデン政権の発足は、トランプ政権の達成を引き継ぎ、米朝対話、南北対話の新たな始まりに向けた転換点になる。対話のペースが加速する可能性がある」と語った。

文氏の指摘には同意しがたいが、同情すべき点もある。金正恩氏は2018年4月、板門店で行われた南北首脳会談の際、文氏に「1年以内に非核化することも可能だ」と直接伝えていたからだ。

米政府関係者によれば、北朝鮮は米朝実務協議が始まると、「1年以内の非核化」への条件を色々と持ち出して混乱させた。結局、金正恩氏の発言は、政治的な功名心にはやるトランプ米大統領を首脳会談に引っぱり出すための情報工作だった可能性が強い。

国情院の元幹部の1人は「北朝鮮の真実を知ろうとするなら、様々な文献を読み込み、北朝鮮との交渉を重ねて、分析能力を高めるしかない」と語る。日本政府関係者も「客観的な証拠がない状況では判断を急ぐべきではない。政治家が喜ぶからと言って、不確かな情報を上げるのはプロがやる仕事ではない」と語った。