米国のバイデン新政権の対中国政策は、経済通商面にせよ安全保障面にせよ日本にとっては直接的な影響が避けられないため、大いに関心が持たれているところである。そのバイデン政権の対中軍事政策は、トランプ政権によって強化された対中強硬姿勢が受け継がれている、と思われているふしがある。なぜならば、政権発足後も、米海軍艦艇による南シナ海での活動が継続されたからだ。

1月23日にはセオドア・ルーズベルト空母打撃群が台湾とフィリピンの間のバリンタン海峡を南下して南シナ海に入り各種訓練を実施した。2月4日には、駆逐艦ジョン・S・マッケインが台湾海峡を南下し、中国側の神経を逆なでした。引き続き駆逐艦ジョン・S・マッケインは翌5日、中国が南シナ海支配の行政的拠点を設置している西沙諸島の周辺海域で「公海での航行自由原則を維持するための作戦」(FONOP)を実施した。同日、中東方面での作戦を終えて米西海岸に帰還するニミッツ空母打撃群がシンガポール沖から南シナ海への北上を開始した。

しかしながら、このような海軍艦艇の動きだけをもってして、バイデン政権は軍事面での対中強硬姿勢を引き継いだと解釈するのは早計である。米海軍艦艇の作戦行動の大半は、戦争や軍事衝突のような突発事象でない限り、少なくとも数カ月以上前には計画されているためバイデン政権発足後に空母打撃群の南シナ海派遣や、駆逐艦の台湾海峡通航、それに南シナ海でのFONOPなどが急きょ決定されたわけではないからだ。

■しばらくは前政権の国防戦略が継続される

大統領就任式で宣誓するバイデン氏(手前左)=1月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

米国では、共和党から民主党(あるいはその逆)へ政権交代がなされたからといって、前政権下で策定された通常の作戦行動や訓練計画が突然キャンセルされることは、重大な事件でも勃発しない限り、ほとんど起こりえない。

前政権下で策定された国家安全保障戦略(NSS)ならびに国家防衛戦略(NDS)が、政権交代と連動して廃棄されることはない。新政権が新たなNSSそしてNDSを打ち出すには、多くの専門家による作業が必要となるため、それなりの時間が必要となる。たとえばトランプ政権が独自のNSSを発表したのは新政権がスタートしてから11カ月後であり、それから1カ月後に新たなNDSが発表された。

バイデン政権が策定するNSSとNDSが発表されるまでの期間は、軍隊が勝手に基本戦略を修正して作戦行動や訓練を実施することは不可能であるため、トランプ政権が打ち出した軍事戦略が当面の間は引き継がれることは当然といえよう。

■文官ポストは総入れ替え

バイデン政権で国家安全保障担当の大統領補佐官に指名されたジェイク・サリバン氏

アメリカの政府機関の首脳をはじめとする主要幹部人事は、政権交代と共に総入れ替えに近い形で交代することが知られている。日本の役所に例えるならば、大臣や副大臣それに次官級といった政治ポストだけでなく局長や審議官や部長クラスも総入れ替えになり、課長や室長といったクラスも大幅に入れ替わることになる。

国防総省そして国防総省に直属する海軍省、陸軍省、空軍省それに各級軍組織の人事も、シビリアンのポストは総入れ替えとなるのが一般的だ。ただし、共和党ブッシュ政権下で国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏は、アフガニスタン戦略の継続性を保つために、オバマ新政権下でもそのまま国防長官の座に留まるなど例外もある。

日本でいうところの軍事政策におけるシビリアンコントロール(文民統制)が徹底しているアメリカでは、主としてシビリアン(現職の軍人でない人々、軍務についたことのない人々と退役軍人の双方が含まれる)の軍事諸分野の専門家たちによってNSSやNDSが策定編纂(へんさん)されている。そのため、新政権の軍事政策(その基本的指標がNSSとNDSである)を決定して運用する責任を有する国防総省中枢シビリアンのポストは、政権移行と共に交代する。

一方、軍人のポストは据え置きになる。シビリアンにより打ち出された軍事政策に立脚して個別の戦略や作戦概念を生み出すとともに、場合によっては戦闘に従事して外敵を打ち破る責任を負っているのが軍人である。したがって、ある意味では軍事政策遂行のための「道具」である軍人のポストは、極めて高い地位であっても政権交代とは直接関連する必要がない。実際に、軍最高首脳の異動時期は、大統領選挙の中間年の夏に設定されている。

アメリカでは、たしかに軍人は戦闘の専門家とみなされているが、軍人だけが様々な軍事分野の専門家と位置づけられているわけではなく、軍事諸分野ごとにシビリアンの軍事専門家が多数存在している。そのため、国防総省や各軍当局においても、また政治家自身も、それらの専門家たちを用いて軍事政策や防衛戦略を策定することが可能となっている。そのようにして生み出された戦略や政策を実現するために、軍人の集団である軍隊は行動することになっているため、シビリアンコントロールといわれているのである。

バイデン政権誕生に伴う米軍当局最高首脳人事を以下にまとめた。参照していただければ幸いである。

国防総省:国防長官府
国防長官(シビリアン)
クリストファー・C・ミラー(代行:1月20日退任)
→デイビッド・ノークイスト(代行:1月20日就任、1月22日退任)
→ロイド・オースティン(1月22日就任)

国防副長官(シビリアン)
デイビッド・ノークイスト(2月8日退任)
→キャスリーン・ヒックス(2月9日就任)

国家安全保障会議(NSC)

国家安全保障担当大統領補佐官(シビリアン)
ロバート・オブライエン(1月20日退任)
→ジェイク・サリバン(1月20日就任)

国家安全保障担当次席大統領補佐官(シビリアン)
マシュー・ポッティンガー(1月20日退任)
→ジョナサン・フィナー(1月20日就任)

国家安全保障会議インド太平洋総合調整官(新設のポスト)
カート・キャンベル(1月20日就任)

海軍省

海軍長官(シビリアン)
ケネス・ブレイスウェイト(1月20日退任)
→トーマス・ハーカー(1月21日代行に就任、上院の承認待ち)

海軍作戦部長(軍人)
マイケル・ギルデイ海軍大将(2019年夏〜23年夏)

海兵隊総司令官(軍人)
デイビッド・バーガー海兵大将(2019年夏〜23年夏)

陸軍省

陸軍長官(シビリアン)
ライアン・マッカーシー(1月20日退任)
→ジョン・ウィットレイ(1月21日代行に就任、上院の承認待ち)

陸軍参謀総長(軍人)
ジェイムス・マッコンビル陸軍大将(2019年夏〜23年夏)

空軍省

空軍長官(シビリアン)
バーバラ・バレット(1月20日退任)
→ジョン・P・ロス(1月21日代行に就任、上院の承認待ち)

空軍参謀総長(軍人)
チャールズ・ブラウンJr.空軍大将(2020年夏〜24年夏)

宇宙軍作戦部長(軍人)
ジョン・レイモンド宇宙軍大将(2019年12月〜2023年12月?)
※宇宙軍はトランプ大統領(当時)によって新設されたため交代時期は不明。

統合参謀本部

統合参謀本部議長(軍人)
マーク・A・ミリー陸軍大将(2019年10月1日、通常4年)
※統合参謀本部議長の任期は通常4年だが、ピーター・ペース海兵隊大将は、ラムズフェルド国防長官ならびに後任のゲーツ国防長官と対立したため2年間で退任した。