ワクチンで我が道を行くロシア

新型コロナウイルス感染症ワクチンの第1便が、ベルギーのブリュッセルから成田空港へと到着したのは、2月12日のことでした。待望のワクチン上陸だったわけですが、その様子を伝えるテレビのニュースを眺めていて、筆者は、「何だか、全部外資に持って行かれちゃったな」と、微妙な心境でした。くだんのワクチンは米ファイザーが独ビオンテックと共同開発したものであり、それが成田空港にある独系DHL社の倉庫に運ばれていく様子を目の当たりにしたからです(なお、後日確認したところ、DHLに加えヤマトと西濃運輸もワクチンの国内輸送事業者に選ばれているとのことでした)。

NHK-BS1が2月に放送した「国産ワクチンを開発せよ! 〜東大・河岡ラボ 300日の記録」を観ましたが、その番組から良く分かったのは、当然のことながら日本にもウイルス、ワクチンの分野で優れた研究者はいるということです。しかし、たとえばアメリカでは2001年の炭疽菌テロ事件などをきっかけに細菌・ウイルス・ワクチンの分野に多額の予算が投じられたのに対し、近年の日本は深刻な感染症などとは縁遠かったため、この分野の研究開発が国によって手厚く保護されることはなかったのだとか。それゆえ、新型コロナのパンデミックが発生し、個々の研究者レベルでは優れた研究が行われていても、官民学が一体となり日の丸ワクチンを製品化するという流れにはならなかった、ということのようです。

それとはまったく対照的な展開を辿っているのが、ロシアです。ロシアが科学技術先進国だというイメージを抱いている人は、少ないでしょう。実際、ロシアの製薬産業は進んでいるとは言いがたく、医薬品は外国からの輸入に依存する度合いが大きくなっています。にもかかわらず、ロシアはすでに3種類もの新型コロナウイルス・ワクチンを開発して、世に送り出しているのです。「スプートニクV」、「エピワクコロナ」、「コビワク」というのがそれです。このうち、最も早かったスプートニクVはすでに世界50ヵ国で承認されている由であり、我が国でも導入の是非が議論になっています。

そうした中、その3種類のロシア製ワクチンのスペックを比較した表が、現地『論拠と事実』紙のサイトに掲載されたので、以下でそれを抜粋・翻訳しご紹介したいと思います。

「スプートニクV」の概要

開発機関:ロシア連邦保健省付属 ガマレヤ記念国民疫学・微生物研究センター(モスクワ市)

生産者:上記のガマレヤ記念研究センター、BIOCAD社(サンクトペテルブルグ市)、ゲネリウム社(ウラジーミル州)、ビンノファルム・グループ(モスクワ市ゼレノグラード地区)

ワクチンのタイプ:2種のアデノウイルスベクターを用いたウイルスベクターワクチン

承認日:2020年8月11日

有効性:91.6%

安定した免疫反応:2回目の接種から21日後

保管温度:冷凍では−18℃以下。凍結乾燥では+2〜+8℃。

頻度の高い副反応:一時的なインフルエンザに似た症状、体温上昇、関節痛、筋肉痛、無力症、全身倦怠感、頭痛、注射箇所の痛み、ハイパーサーミア、腫れ。

接種が禁止されるケース:ワクチンの何らかの成分に対する過敏症、重度のアレルギー反応歴、妊娠中と母乳育児期間中、18歳未満。

ガマレヤ疫学・微生物研究センターのウェブサイト(https://gamaleya.org)より

 「エピワクコロナ」の概要

開発機関:ロシア連邦消費者権利監督局付属 国立ウイルス学・生物工学研究センター「ベクトル」(ノボシビルスク州)

生産者:上記のウイルス学・生物工学研究センター「ベクトル」

ワクチンのタイプ:合成ペプチドを抗原とする

承認日:2020年10月13日

有効性:現時点では不明

安定した免疫反応:2回目の接種から30日後

保管温度:+2〜+8℃

頻度の高い副反応:注射箇所の痛み、一時的に体温が最大38.5℃程度まで上昇。

接種が禁止されるケース:ワクチンの何らかの成分に対する過敏症、重度のアレルギー反応歴、以前のワクチン投与に対する反応またはワクチン接種後の合併症、急性感染症および非感染症(接種は回復または寛解から1ヵ月以降に実施)、急性呼吸器ウイルス感染症および急性腸粘膜(接種は平熱になってから実施)、免疫不全、悪性の血液疾患と腫瘍、妊娠中と母乳育児期間中、18歳未満。

ベクトル研究センターのHP(http://www.vector.nsc.ru)より

「コビワク」の概要

開発機関:ロシア科学アカデミー付属 チュマコフ記念連邦免疫生物学製剤研究開発センター(モスクワ市)

生産者:上記のチュマコフ研究開発センター

ワクチンのタイプ:不活化ワクチン

承認日:2021年2月20日

有効性:現時点では不明

安定した免疫反応:2回目の接種から14日後

保管温度:+4〜+8℃

頻度の高い副反応:注射箇所の痛み、頭痛、短時間のハイパーサーミア。

接種が禁止されるケース:以前のワクチン投与に対する合併症、妊娠中、急性呼吸器ウイルス感染症の急性症状(接種は回復から2〜4週間後に実施)、慢性感染症の悪化、18歳未満。

チュマコフ記念研究開発センターのHP(http://www.chumakovs.ru)より

ワクチンでも「国家主権」を貫くロシア

以上見てきたように、3つのワクチンに共通しているのは、いずれも政府系の研究機関が開発したという点です(すでに商品化されているスプートニクVは、量産は民間企業で行われていますが)。つまり、プーチン政権が強力な後押しをして、政府系機関に開発を急がせたわけですね。軍需や宇宙開発にも通じることですが、こういう国家主導でコストを度外視して何かを開発するというのは、ロシアが最も得意とするところです。

ただ、画期的な技術を生み出しても、それを効率的に量産したり、的確にマーケティングしたり、製品に改善を加えたりといったことを、ロシアは苦手としています(逆にそういうのが得意なのが日本)。したがって、ロシアが開発したワクチンで経済的な利益を出せるかどうかは、判然としません。そのあたりが、米ファイザーのビジネスなどとは、様相の異なる点です。

むしろ、プーチン体制にとって、人類にとって脅威となっているウイルスのワクチンを自前で開発することは、国家の威信・主権といったものにかかわる事柄なのではないかという気すらします。ロシアが独自のロシアであり続けるために、軍備と同じようにワクチンも必要と、そんなニュアンスを感じるのです。