英国政府が3月に公表した外交・安全保障政策「統合レビュー」で、インド太平洋地域を「世界の地政学的中心になりつつある」と打ち出し、日韓、オーストラリアやインドなどとの関係強化を盛り込んだ。中国の脅威が増大し、台湾海峡危機などが叫ばれるなか、英国がこの地域の安全保障問題にどんな思惑を持ってどうからんでくるのか。日英の安全保障専門家と一緒に読み解いた。(朝日新聞記者・牧野愛博)

英国の安全保障に詳しい永田伸吾・金沢大学客員研究員(国際政治学)によれば、英国は統合レビューで、「インド太平洋地域」という概念を明確に打ち出した。従来の安全保障関連の文書では、「アジア太平洋地域」という表現も使われていた。永田氏は「英国が日米など自由主義陣営に歩調を合わせた一つの象徴だろう」と語る。

永田氏は英国のインド太平洋地域への接近自体は2010年代初頭からの動きであるとしつつ、その背景について「ブレグジット(英国の欧州連合離脱)が大きな契機になった。最近は香港情勢などで英中関係が悪化していることも影響したのだろう」と語る。

元英国海軍中佐で、海洋安全保障に詳しい英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のピーター・ロバーツ上級研究員は「インド太平洋における英国の政策は多面にわたっているようだ」と説明。「貿易の拡大や同盟の構築と支援」を挙げたうえで「中国による競争と侵略に対して、より断固たる態度で対応すること」も含まれていると指摘する。ロバーツ氏は、インド太平洋地域での英国の役割についての議論は依然不十分だが、増えつつあるとの見方を示す。「英国が他の民主主義国家の側に立つことははっきりしている」とも語る。

■空母を年内に派遣へ

統合レビューは、空母クイーン・エリザベスを年内にインド太平洋地域に派遣する方針も改めて明記した。ロバーツ氏は「英国は今年、航行の自由パトロールを行うことで、CCP(中国共産党)による領土の主張に、再び異議を唱える可能性が高いだろう」と予測する。永田氏によれば、英国はフランスと共にすでに、2018年のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、両国海軍が合同で、米国が南シナ海で実施している「航行の自由作戦」に参加する意向を明らかにしている。

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のピーター・ロバーツ上級研究員=RUSIのホームページから

日米両国は3月16日に発表した外交・防衛閣僚による安全保障協議(2プラス2)共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」に言及し、危機感をにじませている。永田氏は「インパクトの大きい空母はわからないが、フリゲート艦クラスの英海軍艦艇が台湾海峡を通過する可能性も十分ある」と語る。中国が台湾に侵攻した場合、世界各国を紛争に巻き込みかねない状況をつくり、中国への抑止力にしたい日米の戦略への助けになりそうだ。

米英両国は2016年、英空母を使って米海兵隊のF35B戦闘機が訓練する協定に署名した。永田氏は「将来的には、自衛隊が導入するF35Bも英空母を利用した訓練を行う可能性がある」と指摘する。日本は昨年10月の日豪防衛相会談で、自衛隊が平時から他国軍の艦船などを守る「武器等防護」を豪州軍にも適用する方針で合意した。適用されれば、米国に続き2カ国目になり、自衛隊と豪州軍が演習や情報収集などで一緒に活動する環境が整う。永田氏は「日本は英国ともこの協定を結ぶ可能性が高い」と語る。

一方、永田氏は「英空母一隻がインド太平洋に派遣されても、西太平洋の米中の軍事バランスに決定的な影響は与えない」とも指摘する。数年後には、西太平洋地域に展開する空母打撃群は米国の1個に対し、中国は3個になる。海軍艦艇の数も中国が日米を圧倒しているからだ。

永田伸吾・金沢大学客員研究員=本人提供

逆に、中国の反発が強まることも予想される。中国外務省報道官は、中国への懸念を示した3月16日付の日米の外務・防衛閣僚による安全保障協議(2プラス2)共同声明について「(日本は)オオカミを家に招き入れた」と述べ、激しく非難した。永田氏は「中国政府は過去、英国の指導者が空母のインド太平洋派遣に言及するたびに非難してきた。今後、南シナ海への対艦弾道ミサイル発射実験などで対抗するかもしれない」と予想する。

英国も、中国との全面対立を望んでいるわけではない。経済や気候変動問題などで協力したい考えを示している。

■日米豪印「クアッド」には触れず、見える配慮

永田氏は、統合レビューが、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想や日米豪印の安保対話(QUAD)に触れなかった点に注目する。永田氏は「英国は昨年6月、東南アジア諸国連合(ASEAN)との対話パートナーに名乗りを上げた。中国の一帯一路構想とFOIPの間で揺れるASEAN諸国に配慮したのだろう」と語る。

ロバーツ氏も「ロンドンには、意味のある有益な議論をしたい願望と、言葉以上のものを提供したい願望が明確にある」とする一方、「QUADとFOIPにおける英国のポジションは決まっていない」とも語る。「英国がインド太平洋でより大きな役割を果たそうと考えていることは間違いない。ただ、単純に、重要な事態が東方で起きているとか、民主勢力としての再関与を求めていると考えているだけではない。英国とインド太平洋のパートナーとの貿易は相当額にのぼる。こうした要因がインド太平洋における更なる英国のプレゼンスとプロファイルを求めている」と説明する。

■ロシア問題、日本の関与求められる可能性

また、英国はインド太平洋地域に関与を強める代わり、日米に対して欧州への関与を強めるよう求める可能性がある。統合レビューは、ロシアについて「引き続き英国にとって最も深刻な脅威」と位置づけた。

英国政府は議長を務める今年6月の主要7カ国(G7)首脳会議に、豪印韓3カ国を招待した。ロバーツ氏は「英政府は、G7を、CCPやロシアよりもイデオロギーの価値と利点を明確にできる強力な民主主義10カ国(D10)の組織に拡大することを熱望している。豪印韓の招待は、民主主義が推進する平和が、欧州(ロシア)とインド太平洋(CCP)の両方で脅威にさらされていることを示している」と説明する。

統合レビューが、保有する核弾頭の上限を現状の180発から260発に引き上げたのも、ロシアの脅威と無関係ではない。永田氏は「ロシアのプーチン大統領はクリミア紛争の際、核抑止力に触れた。昨年6月の大統領令は、ロシアが通常戦闘の際に核兵器を使う可能性に言及している」と語る。

ロバーツ氏は「NATO(北大西洋条約機構)はすでに、中国などによるリスク管理について大きな変更を進めている。英国は最も厳しい意見を出してきた」と語る。同氏は、英国が中国の欧州域内への投資に抵抗し、制裁措置を進めるようEU(欧州連合)加盟国を説得する課題を挙げ、「英国がEUを離脱した今、はるかに困難な役割になっている」と語る。

日本では英独仏のインド太平洋地域への関与を歓迎する声が上がる一方、日本の欧州に対する負担について議論する動きはほとんどない。永田氏は「安倍政権はロシア外交に取り組んだが、北方領土が日本に返還される可能性はほぼないと考えるべきだろう。そのなかで、日本が新しいロシア外交を構築し、欧州への負担についても議論するべき時期に来ている」と語った。