菅義偉首相が訪米し、4月16日(米国時間)にバイデン大統領と首脳会談を開く予定になっている。当初は4月9日の予定であったところ、アメリカ側の事情によって1週間の延期となった。

バイデン大統領も含めて世界中の首脳が、新型コロナ感染対策やワクチン政策、それに関連した経済支援策などで超多忙なこの時期に、対面での首脳会談は可能な限り避けたいというのが、アメリカはもとより日本以外の各国でも本音のはずだ。

日本社会には、政治家などが外国に行き外国要人と会うだけで、あたかも外交的成果を上げたと信じ込まされてしまう傾向があるようだ。そのため、万難を排して菅首相が訪米し、バイデン大統領と会談することは、国内政治的には大いなる価値がある。

それだけではない。尖閣問題で日本政府がますますアメリカにすがり付こうという事情もある。すなわち、日米2+2(日米外務・防衛担当閣僚会合)で国務長官などから「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内」という言質を取っただけではいまだに不安で、直接首脳会談でバイデン大統領自身に口にしてもらうことにより、外交的成果を上げようというのである。

米ホワイトハウスは、表向きは日米首脳会談がバイデン大統領にとって初の外国首脳との対面会談となることを「日本との二国間関係と、日本の人々との友情とパートナーシップを重視していることの表れ」とする。だが、東アジア情勢に関心の高い米軍情報筋の間では、日米共に新型コロナの感染が収まらないこの時期に、菅首相が「万難を排し」訪米するのは、アメリカに見捨てられないように「ごあいさつ」するだけだという見方が定着している。

ただアメリカ側にとっては、せっかく貴重な時間を使って首脳会談を開く以上、日米双方にとって(とりわけアメリカにとって)、有用な内容の会談でなければ意味がない、と考えているのは当然である。

現在のアメリカは、対中軍事政策においては、米軍単独で対決姿勢を強化することが困難な状況に陥っている。アメリカ海軍そして国防総省自身が、中国海洋戦力はアメリカのそれを脅かしており、対艦ミサイルや長射程ミサイルなどいくつかの分野では中国軍の戦力のほうがアメリカ軍を上回ってしまっているとの評価を公表しているように、中国と軍事的に対峙(たいじ)する基本方針を数年前までとは抜本的に転換しなければならなくなっている。

中国建国70周年軍事パレードに登場した新型長距離弾道ミサイル=2019年10月1日、北京、仙波理撮影

そこで、少なくとも米軍が力を盛り返すまでの期間は、同盟諸国や友好諸国の様々な能力を結集して、中国の海洋進出行動を牽制(けんせい)していこう、というのがアメリカの当面の基本的な対中軍事方針である。

もちろん、この共同戦線は軍事的な包囲網である以上、それぞれの参加国は共通の戦略目的の下に結集されなければ、共同歩調などはとれない。

南シナ海や東シナ海に対する中国の覇権主義的な進出行動に対抗するアメリカの戦略目的は、アメリカの国是である「航行の自由を守る」ことである。公海上ではいかなる国のいかなる艦船といえども他国の干渉を受けずに自由に航行ができる、という航行自由原則は、海上交易により国の経済が支えられている海洋国家アメリカにとって、絶対に守り抜かねばならない鉄則なのだ。

米軍関係者によると、アメリカ側の解釈では、中国の南シナ海での拡張政策は航行の自由を阻害するだけでなく、そもそも公海そのものをなくしてしまいかねない主張なのだという。たとえば、中国が設定している「九段線」内の海域が中国の主権的な海ということであるならば、南シナ海の公海は大幅に消失してしまうことになる。

そして、オーストラリアだけでなくイギリスやフランスやドイツなどのNATO(北大西洋条約機構)諸国も、直接南シナ海で中国と領土紛争を抱えているわけではないにもかかわらず、アメリカの呼びかけに応じて対中共同戦線に加わろうとしているのは、「航行の自由を守る」という戦略目的に同意しているからである。

それに加えて、中国政府によるウイグル族弾圧に対する外交的制裁に関しても、対中共同戦線に加わっているNATO諸国やオーストラリアそれにニュージーランドなどは制裁賛成あるいは制裁参加を表明している。

ウイグル族が経営する商店が並ぶ路地。店先には中国国旗が掲げられ、テロ取り締まりを担う当局者が巡回していた=2019年、中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市内

しかしながら、日本政府は「航行の自由を守る」、あるいはバイデン政権が「ジェノサイド(集団殺害)」と認定したウイグル弾圧に反対する(もちろん事実関係の確認は必要であるが)といった大局的見地からの日米同盟に基づく姿勢を打ち出そうとはしない。ただ単に、日本自身が窮地に陥っている尖閣問題に関してアメリカの虎の威を借りて中国を牽制しようとしているだけである。新疆ウイグル自治区の人権弾圧問題に関しては、本気で関心を持とうともしていない状況である。

とりわけ、「中国ベッタリ」ともいえる勢力が日本の政治を左右しているとみている米海軍情報関係者の中には、「日本はアメリカの同盟国なのか、中国側に裏切る国なのか、ようするに敵か味方かはっきりしない」と危惧しているものまで存在しているのが“軍事組織”の実情である。

これでは、菅首相はじめ日本政府側が「価値観を共有する日米の間の同盟関係」と繰り返し口にしても何の意味も持たない。確かに、敗戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で公布された現行憲法の体制下では、民主主義制度や法の支配の原則といった「形」が、一見して共通している。しかし、同盟関係はそうしたあいまいな「価値観」ではなく、同盟により希求する明確な戦略目的が共通していなければ、威力を発揮しない。

そもそも、北米で30年間政治社会学者として生活している筆者や、逆に日本に四半世紀も滞在している米国の軍人や実業家たちの目を通して、日本政府が口にしている「共通の価値観」を考察すると、選挙制度や三権分立などの制度的建前は一見似通ってはいるものの、運用面や国民意識においてはとても「共通」などとは言えないのが実情である。いずれにせよ、政治的価値観などは軍事同盟の使命を左右する要素ではないのだ。

たとえば第2次世界大戦中にアメリカはソ連と手を組んだように、あるいはアメリカが一時期アフガニスタンのタリバーンとも手を結んでいたように、たとえ政治的価値観が全く異なっていても、戦略目的が一致していた場合には、軍事同盟は機能する。そして、その逆の場合は、無意味な軍事同盟ということにもなりかねないのだ。

単独で中国と対峙できなくなっているアメリカは、本気で対中共同戦線の結成を模索している。菅政権としては、軍事同盟では、価値観などよりも戦略目的こそが優先することを肝に銘じなければ、唯一の同盟国からも相手にされなくなる可能性がある。