アリゾナ州立大学准教授 松田文さんの「私の海外サバイバル」

2007年の秋学期からアリゾナ州立大学(ASU)と同大学院で教えています。英語英文学科に所属し、ESL(英語が第二言語)の生徒や学生のための教員を養成する講義を担当してきました。

プロフィール

松田文さん

松田文 MatsudaAya
1971年生まれ。東京都出身。米国の大学で修士、博士課程を終え、ニューハンプシャー大学で教員採用。現在はアリゾナ州立大学英語英文学科の副学科長で准教授。日本の教員免許も取得している。

学生の受講目的は様々です。外国に興味があり、そこで生計をたてるための手段と考える人、英語で苦労した外国人の友人がいたという経験を持つ人、受け持った授業で英語を話せない外国人が多くて困っているという現役の教師。なかには語学力や知識向上のために海外から留学してくる英語の先生もいます。英語を第二言語として学んだ私自身の経験に興味をもってくれる学生も多いです。

テンピ(米国)

米アリゾナ州都フェニックス都市圏の一部で、アリゾナ州立大学とその教職員、学生たちの存在感が強い学園都市。ASUは米国で最も革新的な大学に6年連続で選ばれている。

初めての渡米は1988年、ウィスコンシン州の高校に単独で1年間、交換留学をしたときです。英語も学校の仕組みもわからない。わけがわからないうちに1年が過ぎ、もっと頑張りたいという気持ちで、滞在を1年延長しました。ほかに英語が話せない生徒はおらず、先生たちはとてもよく面倒を見てくれ、なんとか乗り切り卒業。同州内の大学に進学し、学内の事務を補助するアルバイトをしました。そこで出会ったESL担当の先生たちがいい人ばかりで憧れました。結果的に現職に就くきっかけになりました。

その後、いったん日本に戻って国際基督教大学に編入し、卒業して日本の教員免許も取得したのですが、まだ勉強が足りないと思い、再び渡米。インディアナ州の大学で修士と博士課程を終え、大学教員になりました。ASUは教員として勤める米国内二つ目の大学です。准教授ですが、教授昇進審査の最中で、5月下旬までには結果が分かります。

今年1月から学科長を支える2人の副学科長のうちの一人に選ばれ管理職となったため、会議や打ち合わせ、調整業務などが増え、今学期は教えていません。それまでは基本、各学期2講義を持っていました。学生は1講義30〜40人くらい、大学院だと5〜25人程度です。

アリゾナ州立大学の卒業式で、教え子と記念撮影する松田文さん

昨年3月以降、新型コロナウイルスの影響でオンライン講義となり、学生の数が多いと大変です。Zoomを使った講義ですが、学生たちに顔出し強要はできない決まりとなっているので、ちゃんと伝わっているのか不安。すごく孤独感があり、私はなにをやっているんだろうと思うことがありました。

オンラインでは質問がしにくい学生もおり、その結果、分からないことがそのままになって講義についてこられないという学生も出ました。コロナが心配で勉強に集中できないという学生もいます。私はなるべく自宅から仕事をしていましたが、それでも昨年11月に感染しました。寝込むことはなかったのですが、今でも嗅覚障害が残っています。

キャンパス内の寮に住む学生もいます。充実した学生生活を送ってもらいたいので、大学としては感染対策の細かいルールを決めたうえで、なるべくイベントを企画したり、可能な限り対面で講義をしたりすることを推奨するようになりました。現在では、教室に来る学生とオンライン参加の学生が混在している状況です。

米国内であった国際学会に参加した際、学生時代の友人(右)らと再会し、食事を楽しんだ松田文さん(中央)

ASUの教員の中ではリベラルな主観が優遇される雰囲気があり、トランプ前政権時代の4年間は、ストレスがたまって不幸な感じが学内に漂っていました。私自身が差別を受けることはありませんでしたが、白人ではない学生のなかで、意地悪な差別的発言を受けることが増えたと聞きました。また、教え子に『大統領がメキシコ人は犯罪者だと言っている。メキシコ人をいじめて何が悪いんだ』と言われて、どう指導していいのか悩んでいるという知り合いの小学校教諭もいました。

そのため、ASUでは、講義を通じて人種などの差別を考えるようなカリキュラムを組むことを強化しています。私のいる英語英文学科は、言語に基づく差別を扱うことを以前からやってきました。人種差別は法律で禁止されており、黒人だから雇用しないのは裁判になりますが、英語能力がふさわしくないことは雇用しない正当な理由になりうる。言語が人種や性差別の隠れみのになりうるという意識を講義を通じて扱っています。

■アリゾナの豊かな自然に囲まれて

自宅のある米フェニックスから約2時間の運転で着くセドナの大自然。忙しい日常からのリフレッシュに訪れる癒やしスポットなのだという

高校生の娘とともにフェニックスに住んでいます。ここから大学のあるテンピに通っていますが、コロナ禍で、在宅勤務が認められており、いまは自宅から仕事をすることが多いです。年俸制なので勤務時間で給与が変わることはないし、なにをやっていても成果さえ出せば認められる社会。かなりの融通がきくかわりに、家事や子育てなどと仕事が混在する毎日で、完全なオフというのは難しいですね。夏休みなど講義がない時でも研究活動があるので、結局は仕事をしています。

ただ、空いた時間をみつけては、毎週あるいは隔週に1回くらいの頻度で、近くにハイキングにでかけます。走るのも好きです。ほんの3時間くらいのハイキングですが、その間は仕事を忘れ、気持ちをリフレッシュできる。また、フェニックスから車で2時間の距離に、赤い岩などの自然で有名なセドナがあります。とても好きな場所で、ここでもハイキングなどをします。ここのマラソン大会で10キロを完走したこともあるんですよ。

走ること、歩くことが好きだという。セドナであったマラソン大会では、10キロを完走した

両親が住む東京には毎年帰っていましたが、昨年はコロナの影響で帰れず、今年も難しいです。日本に完全に戻るという選択肢は考えていません。娘もずっと米国で育っており、私自身が日本で最後に住んだのは大学生の時なので、これから日本で暮らすのは不安です。フェニックスは子どもを育てるのに悪くない環境なので、今後もASUで教員を続けたいです。(構成・山本大輔)