日本人には「KY」(空気が読めない)といったイメージをもたれることもあるというインドの人たち。ですが近年、多くの人が世界的企業で働き、国際舞台で活躍しています。人材を世界に押し出す背景には何があるのか。日本との考え方の違いは? 日本語をはじめ5言語を操り、米グーグル本社の広告部門で働くニューデリー出身の中野スルビさんと、夫の中野良亮さんに聞きました。(奈良部健)

――スルビさんは、米自動車会社テスラやグーグルなどグローバル企業で働いてきました。インドで培った力が生きるとすれば、それは何でしょうか。

スルビ 楽観的に全てうまくいくと思う姿勢ですね。そしてビジョンをつくる力。14億近い人口大国のインドはリソースが限られ、インフラもまだ整っていない。毎日たくさんの問題が起こります。でも立ち止まるのではなく、工夫して道を切り開いていく。『ノープロブレム』というインド人は、日本人にはいい加減で適当に見えるかもしれません。でも、まず相手を落ち着かせてポジティブな環境をつくる、それが大事なんです。人生には自分がコントロールできないことがたくさんある。その中でも一番いい解決策を前向きに探すことに集中する。シリコンバレーの多くのCEOがインド人なのは、この力があることが理由かもしれませんね。

良亮 私は日本育ちで、大学から米国や中国、インドにも4年ほど住みましたが、インドが他の国と違うのは、どこを見ても常にいろんな人が会話をして笑っていることです。貧しい人でも、小さな幸せを大切に、周りと共有して生きています。自分の幸せは何なのか、それをかみしめながら生きているようです。たまに日本に行くと、地下鉄に乗っている人たちの表情が暗いと感じるのとは対照的です。

インドの人々=奈良部健撮影

――インド人はよくしゃべるとも言われますね。

良亮 インド人はKY(空気が読めない)と言われることもありますが、私はそうは思わない。むしろ空気が読めて、いろんな意見があった時にそれをすくい取る能力が高い。多様なことを言い合う人がたくさんいる状況を小さい頃から経験しているので、ビジネスの場でも、それをくみ取る力が優れていると思います。

スルビ もちろん自分の意見を主張することは大事ですが、いろんな人の意見をまとめ上げていく力が、グローバル企業のリーダーには特に求められています。ポジティブな環境を保ちながら意見をまとめるには、一人一人が自分の意見が尊重されていると思えることが大事。意見が異なる人の場所をどうつくってあげるか。意見が違っても、一致できる具体的な点が必ずある。例えば、この家はきれいかどうかは主観的だが、においがしないといった具体的なKPI(重要経営指標)はみんなが賛成できる。根本的な原則をしっかり共有すれば、前に進めていくことができます。

グーグルのピチャイCEO=宮地ゆう撮影

――グーグルCEOのスンダル・ピチャイ氏も、よく人の意見を聞いて参加者の納得感を重視したといわれています。

スルビ 人間関係をいかにうまくマネージしたかが、彼の成功につながりました。CEOは、時には他の人にとって不利益になる決断をしなければならないこともある。いかに人を立てながら、チームを同じ方向に持って行くか。それを大切にしてきた人だと思います。

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――スルビさんは多くの言語を話されますね。インド人は言葉に強い方が多い気がします。

スルビ インド西部出身の父の地元のマラティ語、デリー出身の母のヒンディー語、英語、日本語、スペイン語を話します。家族ではマラティ語で話すことが多いですが、英語やヒンディー語も混じります。友達とはほとんど英語です。良亮とは8割が日本語。でも怒る時は英語になりますね。

――多言語話者は多角的に現実を認識することができ、問題解決力も高いという研究があるそうです。

良亮 スルビは私の日本語の文法の誤りを指摘するほど、正確で丁寧な日本語を話します。英語はもともとダイレクトな言葉ですが、英語を話す彼女はスピード感や論理性があって、切れる印象がある。話す言葉で人柄が変わるように感じます。

中野スルビさん(右)と中野良亮さん

――スルビさんは高校卒業後、日本の大学に留学されたそうですね。

スルビ 岐阜女子大で国際関係を学びました。姉は米国の大学に行っていたので、私は当時はほとんど情報のなかった日本に行ってみたかった。奨学金をもらい、日本に来てから日本語を学び始め、来日後1年で日本語検定1級をとりました。岐阜は留学生が少なく、英語に頼れなかったのでそれが良かったのだと思います。日本の市役所や企業で数年働き、米国でMBAをとりました。

――よく勉強されたんですね。ご両親から勉強しなさいとは言われませんでしたか。

スルビ インドの多くの家庭では、2歳ごろから勉強を始めるので、スタートがとても早いです。ただ、いまも両親はよく話すのですが、私が3歳半の時、プレスクールの宿題を持って帰ってきたら、母は『どんな宿題があるか、見せてごらん』と言いました。そうしたら、私は泣き始めたそうです。きっと、母が私を信頼していないと感じたのでしょう。それ以来、母は私の勉強を一切みなくなりました。

良亮 彼女は親に勉強をみられることが不快だと感じるほど、責任感が強かった。それと同時に勉強を楽しんでいたんです。セルフモチベーションが高かったんだと思います。

――そのモチベーションは、どこからわいてくるのでしょう。

スルビ 両親の姿を見て、勉強したいと思うようになりました。子どもの自主性を生み出そうとする環境を両親が整えてくれたんだと思います。やりなさいと言われると、やりたくなくなってしまいますね。私は絶対に成功する、そんな自信やビジョンがいつもありました。だから、将来の可能性が開けていく勉強をするのが楽しくて仕方がなかったです。

――スルビさんのご両親はどんな方ですか。

スルビ 父はインドの銀行で支店長、母は研究所で仕事をしていましたが、特別裕福な家ではありませんでした。両親は子の教育を何よりも大切にし、そのために一生懸命に働いてくれていることを子どもながらに感じていました。稼いだお金を私と姉の教育費に惜しみなく使ってくれていました。

――両親の一生懸命な姿を見て育ったと。具体的には、どんな姿でしたか。

スルビ 母は普段の仕事以外に、週末に近所の子どもたちに勉強を教えるパートもしていました。それから、私が高校生になるまで夫婦で旅行に行くことはしませんでした。そのおかげで、私は英語で教える私立学校に通うことができた。どうやって自分は父と母にお返しできるだろうか。そんなことを常に考えているような子どもでした。

――日本とインドで異なる点は他にありますか。

良亮 企業でも日本は「こうならないように、これをしよう」とリスクヘッジが先にくる。一方、インドは「こうあるべき」「こうしたらみんな楽しくなる」ということに向かっていく。失敗してもいい、60%でもいいから、成功に向かってまず始めようとします。

――スルビさんの夢を教えてください。

スルビ 企業のトップになることです。それも小さな会社ではなく、グローバル企業のトップになりたいですね。