7月に発表された今年の防衛白書は、「宇宙・サイバー・電磁波領域における挑戦」という特集を組んだ。「安全保障という観点からも、これらの領域の重要性は非常に大きい」と訴える。だが、既成概念に基づく法律や財政、組織などに縛られ、新しい脅威への対応に全く出遅れているというのが実態だ。日本が抱える課題は何なのか。2人の自衛隊元幹部へのインタビューを中心に考えた。(牧野愛博)

サイバー攻撃は安全保障の重大な脅威だ。最近では5月、米パイプライン最大手のコロニアル・パイプラインが、ハッカー集団「ダークサイド」のサイバー攻撃を受けて稼働停止に追い込まれた。米国はサイバー攻撃の脅威として中国、ロシア、北朝鮮、イランを名指しで批判している。

ダークサイドは事件後、「運営インフラを失った」として活動終了を表明した。米国による報復の結果だと言われている。では、日本で同じ事件が起きたとき、米国と同じ措置が取れるのだろうか。

陸自東北方面総監などを務め、昨年10月にはサイバー攻撃などを扱った「新しい軍隊」(内外出版)を発表した松村五郎元陸将は「日本の現状では到底同じような措置は取り得ない」と語る。松村氏は、防衛白書の記述について「火力戦闘などによる防衛を達成するため、自衛隊の作戦に宇宙、サイバー、電磁波の分野をどう組み込むかという点に限定されている」と語る。「白書は、金融や交通インフラなど、国民に直接脅威を与える攻撃への対処については触れていない。防衛省・自衛隊だけで決められないことは書けないからだ」

松村氏によれば、日本のサイバー攻撃対応の中枢である内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)でさえ、政府や民間の情報を集約して共有する機能はあっても、攻撃を仕掛けてきた相手に証拠を突きつけ、無力化する能力や権限はない。

警視庁公安部は4月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)へのサイバー攻撃に関わったとして中国籍の30代の男を私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで書類送検したと発表した。松村氏は「日本の関係機関のなかでも、警察のサイバー対処能力は比較的高い。でも、事件を犯罪として立件できることが前提になる」と語る。

陸自第10師団長として師団指揮所で指揮を執る松村五郎氏(2012年)=本人提供

「サイバー空間」と専守防衛の原則との関係も課題になる。元海上自衛隊海将補で徳島文理大総合政策学部の高橋孝途教授(国際政治・安全保障論)は「サイバー空間には国境がない。相手を無力化する攻撃も必要ではないか」と語る。自衛隊の一部の法務関係者は、アカデミックなテーマとして、サイバー攻撃への報復措置が自衛権の行使に含まれるかどうかの研究はしているようだ。

国会では、安倍晋三首相(当時)が2019年5月、「政府としては、サイバー攻撃による武力攻撃が発生した場合には、憲法上、自衛のための必要最小限度の範囲での武力の行使が許される」と答弁したが、それ以上の突っ込んだ議論には至らなかった。防衛白書も「防衛大綱に基づき、有事において、わが国への攻撃に際して、当該攻撃に用いられる相手方のサイバー空間の利用を妨げる能力を含め、サイバー防衛能力の抜本的強化を図ることとしている」と触れただけだ。

高橋氏は「現状では、ダークサイドの攻撃対処のように、平時に相手を無力化することは自衛権の行使とは認められない可能性が高い」と指摘。さらに、「物理的被害を伴わない攻撃への対処は、過剰な自衛権の行使と言われるかもしれない」と語る。

高橋孝途教授=本人提供

一方、防衛白書は「電磁波を管理・調整する機能」「相手のレーダーなどを無力化する能力」の強化を掲げる。高出力のマイクロ波やレーザーシステムで相手のドローンを使えなくする研究を進めるとした。

だが、松村氏は、相手の電磁波攻撃を防ぐうえで、自衛隊は重大な弱点を抱えていると指摘する。「電波行政の権限は総務省に集中している。妨害電波の実験も、電波法で認められる範囲でしかできないし、自衛隊に与えられる周波数も少ない。自衛隊は、在日米軍に割り当てられた周波数も使えない」と語る。

松村氏によれば、軍用無人機は通常、相手による妨害を想定。周波数の一つが妨害されると自動的に別の周波数に切り替えるシステムを備えている。「自衛隊は切り替えられる周波数が足りないから、妨害されやすい。防衛省と総務省は協議を続けているが、商用電波を削ってまで、自衛隊に周波数を割り当てようという話にはなっていない」

松村氏は「検討が進んでいるデジタル庁は安全保障まで考慮していない。安全保障の見地からサイバーと電磁波の両分野を総合的に所掌する情報通信安全省のような組織が必要だ」と語る。

そして、防衛白書は「宇宙空間に関する各国の取組」として、19年6月に1万6千人規模で宇宙軍を創設した米国、衛星測位システム「北斗」を構成する全衛星の打ち上げを終えた中国、地上発射型の対衛星ミサイルの発射実験を繰り返すロシアなどの動向などを紹介。同時に、「宇宙領域及びサイバー領域における優位性を早期に獲得する」と主張している。

これについて、高橋氏は「最先端の科学技術に触れているが、一体、お金がいくらかかるのかイメージできない」と語る。

高橋氏によれば、海上自衛隊は2004年の防衛大綱に基づく中期防衛力整備計画をまとめるにあたり、衛星通信を含む指揮通信システムの全面更新を決めた。代わりに、護衛艦1隻(約750億円相当)の新造を諦めたという。高橋氏は「当時、弾薬を含む正面装備一式の年間予算が2500億円くらいだった。自衛隊だけの予算で、宇宙やサイバー、電磁波などの最新科学技術の導入は難しいだろうし、サイバー空間について言えば、そもそも防衛省・自衛隊が担うべき部分を整理する必要がある」と語る。

最新技術の導入に限らず、自衛隊の予算は切迫している。海上自衛隊は3月、新型護衛艦「FFM」1番艦「もがみ」の命名・進水式を行った。将来的には、海自が保有を許された護衛艦54隻中、22隻がFFMになる予定だ。FFMの特徴は、廉価で省人化を図っている点だ。FFMの価格は、約729億円かかった直近の「あさひ」型護衛艦よりも、約250億円安い。

高橋氏は「自衛隊単独で対応できない以上、米国やEU(欧州連合)などと協力して宇宙やサイバーなどに対応せざるをえない」と指摘。「その代わり、仮想敵をあいまいにして来た日本の防衛政策が維持できなくなるかもしれない」と語る。

防衛白書は、中国の海上戦力について「米海軍を上回る規模の艦艇を保有し、世界最大とも指摘される海軍海上戦力の近代化は急速に進められており」と率直に説明した。高橋氏は「画期的な記述だ」と語る。

高橋氏によれば、自衛隊は冷戦期、「こうやったらソ連に勝てる」といった根拠が薄い説明をしていた。高橋氏は「そうしないと、自衛隊が掲げた基盤的防衛力の意味が失われ、予算請求が難しくなると考えていたからだ」と語る。「現状、海自は中国海軍に歯が立たない。米海軍が介入して初めて何とかなるかどうかという状況。ようやく世の中に真実をありのままに伝える雰囲気になってきた。これは、危機感をあおっているのではなく、それだけ、情勢が厳しいということだ」と語る。

松村氏も高橋氏も、2013年12月に決定された国家安全保障戦略の早急な改定が必要だと語る。松村氏は「中国が目指しているとされる超限戦は、宇宙やサイバー、電磁波を使って、相手を殺傷せずに脅迫し、自分たちの目的を達成する戦い方だ。今のままでは、自衛隊が戦う前に国民生活に脅威が及び、相手に屈せざるを得なくなってしまう恐れさえある」と語った。