新型コロナやエボラ出血熱、鳥インフルエンザ……。新興感染症の75%は動物由来感染症(人獣共通感染症、ズーノシス)と言われ、近年増えている。生物多様性が失われたことやグローバル化で人やモノの移動が急激に増えたことによると指摘されている。

国連環境計画(UNEP)は昨年7月、大規模な感染症の流行が今後も繰り返されると警告。人と野生動物、生態系の健康に一体的に取り組む「ワンヘルス」の必要性を提言した。日本では動物由来感染症の一つ、マダニが媒介する「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」を対象にワンヘルスの研究プロジェクトが、森林総合研究所(農水省)と国立環境研究所(環境省)、国立感染症研究所(厚労省)によって進められている。三つの研究所が省の垣根を越えて取り組む研究プロジェクトは、これが初めてという。

マダニを捕獲する森林総研の亘悠哉・主任研究員(左)と森嶋佳織・特別研究員=茨城県かすみがうら市

茨城県かすみがうら市の雑木林。1メートル四方ほどのネル状の白い布を、草むらに沿わせてから引き上げると、ごま粒のようなものが動いていた。「マダニ、ここにもいますね」。森林総合研究所主任研究員の亘悠哉さんが指し示した。樹木に仕掛けた自動撮影装置には、イノシシやハクビシンなどの野生動物が映っていた。

自動撮影装置に映っていたイノシシ=2021年5月28日、森林総合研究所提供

SFTSウイルスを持つマダニに人がかまれると、このウイルスに感染して高熱が出る。死亡率は27〜31%という報告もある。2011年に中国で初めて特定され、日本でも13年に山口県で確認された。西日本を中心に600人以上の感染者が出ており、今年に入って静岡県や千葉県でも確認され、感染地域が拡大。国内の死者数はわかっているだけで80人に上る。

SFTSウイルスを持つマダニは、生態系の変化によって全国的に増えて生息地が拡大している、シカやイノシシなどの野生動物に寄生し、これらの移動に伴って広がっているとみられている。捕獲した特定外来生物のアライグマからも、SFTSが見つかっている。シカやイノシシなどはSFTSウイルスに感染しても平気だが、ヒトやイヌ、ネコなどが感染すると高い致死率を示す。

調査の際に捕獲されたタカサゴキララマダニ。SFTSウイルスを媒介する可能性があるマダニの一つだ=2021年8月21日午後3時9分、森林総合研究所提供

SFTSが発生している地域や、まだ発生していない地域で、野生動物の動向調査やマダニの採取が続けられている。これまでの研究では、和歌山県でSFTSに対する抗体を検査したところ、シカやアライグマ、ウサギ、アナグマ、イノシシからは、30%以上の高い陽性率が確認された。多発地域では、ヒトの感染と野生動物の陽性率が連動して上昇する傾向も見られた。またシカの個体群密度とマダニの密度には相関があった。

研究プロジェクトのリーダーを務める、森林総研生物多様性研究拠点長の岡部貴美子さんは「SFTS対策として宿主であるシカ、イノシシ、アライグマの生息密度の管理が重要であることを示すことができた。人間による生態系攪乱と新興感染症との関係を解明し、感染症のリスクを減らすとともに、ヒトが自然とどうかかわっていくべきかを考えるきっかけにしたい」と話す。(石井徹)

■ズーラシア園長が語る「根本治療」

開発が生態系を壊し、野生生物と共存していたウイルスや細菌が病原体に姿を変えて人間に刃を向ける。私たちはどうしたらよいのか。よこはま動物園ズーラシア園長で獣医師の村田浩一さんに聞いた。

村田浩一さん=本人提供

長い歴史の中で、病原体と野生動物の間には微妙なバランスが取られていた。そこに人間が入り込み、関係性が崩れ始めている。我々はもう少し謙虚で賢明にならないといけない。

生息地を開発し、農業や牧畜をしたり、動物を捕まえて肉を食べたりすることで、森林や洞窟から病原体が人の社会にこぼれ出てきている。それだけなら地域的な流行にとどまるが、感染者が都市部に移動し、発達した交通網で世界を往来し、野生動物がペットとして流通することで、病原体が世界中に広まりやすくなっている。

さらに種として、ほぼ遺伝的に均質な人間が、都市に密集して暮らしている。森林を切り開いて作った牧場には、同一種の牛が密集して飼育される。ウイルスなどの病原体から見れば、感染条件のそろった魅力的な環境が提供されているようなものだ。

日本でも、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が広がりを見せている。新型コロナに近縁なウイルスは日本にすむコウモリも保有する。海外との人やモノの往来が活発になることで、発症すればほぼ100%死ぬ狂犬病ウイルスが、野生動物や家畜とともに入ってくる危険性は高い。

ワクチンや薬などは、いわば対症療法にすぎない。地球環境や生物多様性の保全という「根本治療」に取り組まなければ新型コロナのような自然からの「しっぺ返し」は続くだろう。

村田浩一さん=本人提供

新型コロナで敵視されているコウモリの駆除が海外で行われているが、コウモリは病気を媒介する吸血昆虫も食べる。駆除すれば、医療経済に大きな悪影響が出ると言われている。駆除だけでは解決できない。

産業革命などを経て、人間は自分たちで社会を変えて、豊かにできると錯覚してしまった。だが、豊かさは自然に支えられている。昆虫などによる花粉媒介の市場価値は年間数十兆円にのぼる。マッコウクジラの糞が深海生物の栄養素を海面に運び、植物性プランクトンを育て、脱炭素に貢献しているとの研究もある。

こうした恵みはギリギリの状況にある。社会システムやライフスタイルを再考すべき時だ。今生きている人は大丈夫かもしれないが、数世代先、数十世代先の将来は極めて危ういと予想されている。ただ、それでも私は人間の未来を信じたい。危機にあることを深く認識し、その責任を感じて行動できるのも、人間の人間たるゆえんなのだから。(聞き手・小坪遊)


むらた・こういち 横浜市立よこはま動物園ズーラシア園長。動物園で「感じ、知り、学び、そして守る」ことを目標に活動。国際自然保護連合(IUCN)や国際獣疫事務局(OIE)の委員を歴任、日本大学特任教授も務める。